事務所トピックス
弁護士 折本 和司

「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(以下「トランボ」)という映画をDVDで観ました。
考えてみると、もう11月だというのに、今年になって一度も映画館に行っていません。
つくづく、毎日をせわしなく生きているのだなあと実感します。
それはともかく、昨年公開のこの「トランボ」という作品、一見地味ながら、最高に面白く、心に残る傑作でした。
個人的には、これまで観た映画の中でもトップテンに入る作品ですね。
そして、作品の出来の素晴らしさもさることながら、本当にいろんなことを感じ、また、考えさせられました。
というわけで、今日はこの「トランボ」を取り上げてみます。
「トランボ」といっても、何のことかわからない人が多いと思いますが、あの「ローマの休日」を書いた人といえば、興味を持たれる方もおられるのではないでしょうか。
実は、私がそうだったものですから。
といっても、単なる「ローマの休日」の制作秘話のようなお話ではありません。
主人公のダルトン・トランボという人物は、ハリウッドで脚本家として活動する傍ら、共産党に入り、労働運動などに関わります。
しかし、第二次世界大戦が終わって、アメリカとソ連が対立し、冷戦時代に突入すると、アメリカ国内で共産党活動家をターゲットにしたいわゆる「赤狩り」が始まり、ダルトン・トランボら、ハリウッドで活動する人たちも標的にされてしまうのです。
共産主義を信奉する人たちに対して、モスクワと連絡を取り合い、国家転覆を図る危険分子だとの国家ぐるみのキャンペーンが繰り広げられ、結果、多くの映画関係者が共産党員ではないかということで、非米活動委員会なるものに呼び出され、尋問を受けることになります。
大衆芸術である映画産業は、国民に対する影響が大きいので、ハリウッドで影響力の強い人たちがターゲットにされることになったという面もあるのでしょうが、ハリウッドで数百人、国全体で数千人がブラックリストに載り、多くの人が職を失ったそうです。
そうした悪夢のような時代を懸命に生き抜いたダルトン・トランボと、家族も含め、彼を取り巻く人たちの生きざま、葛藤という重い題材を、むしろ、テンポ良く、ウイットに富んだやりとりを交えて描いた傑作が、この「トランボ」なのです。
ダルトン・トランボは、自身の名前では仕事ができないため、偽名を使ったり、他の人の名前を使ったりして作品を世に出します。
「ローマの休日」も、まさにそのような作品で、公開当時、アカデミー賞を受賞しますが、授賞式で呼ばれたのは別の人の名前でした。
それどころか、議会で、自身の誇りと仲間を守るために、敢然と証言を拒否したことで、議会侮辱罪と謂われなき告発を受け、投獄されてしまいます。
それでも、彼は、自分の信念を貫き、偽名を使い、脚本や原作を書きながら、思想自体をターゲットにする「赤狩り」に立ち向かって行きます。
そして、再び偽名でアカデミー賞を取った後、彼は、成長した長女の励ましを受け、勇気ある告白に踏み切るのです。
映画を観終えた時、涙が止まりませんでしたが、しばらくしてからは、もし、自分がその時代、その場所にいたらどのように振舞うだろうかと、ずっと考え込んでしまいました。
映画の中では、当時、抗った人だけでなく、生きて行くために心ならずも転向した人、裏切り、仲間だった人を告発する人、主人公らを避ける人、主人公らを支え、応援する人たちの心象風景が実に丁寧に描かれていましたが、本当にそうなったら、自分はどこに属するのだろうか、自分の信じるものを貫き通せるだろうかと、本当にそんなことを考えさせられたのです。
しかし、こうした迫害は決して過去のことではありません。
実際、「ローマの休日」がトランボの原作であることが正式に認められたのが1993年、映像にクレジットされたのは2010年のことになります。

また、今の日本やアメリカ、そして世界のあちこちを見渡しても、排外的な思想が蔓延しています。
国内でも、権力や金力を持つ一部の人たちが、自分たちの利益を守るために、それに楯突くような人間を排除するということが、ある意味、堂々と罷り通っています。

メディアでさえ、そのような権力者に阿る、そんな時代になっています。
誰もが自由に考え、意見を述べ、行動することができるという、アメリカでも日本でも憲法上保障されている重要な権利は、権力を持つ者にとっては、時に非常に目障りであり、それゆえ、思想良心の自由、表現の自由は、常に権力者の規制の標的になりますし、権力に擦り寄る人たちが、これらの権利の行使者への迫害に積極的に手を貸すこともまた、時代を問わず起こり得ることなのです。
ダルトン・トランボは言います。
「誰もが悪夢の時代の被害者なのだ」と。
現実に起きたことだけに、非常に観ていて心が締め付けられるようなところもあるのですが、映画を観終わった時に心がほっこり温まるのは、彼の生き方が、信念を貫いていながらも、他者に対する寛容の精神に満ちていたからなのだと思います。
自分自身もそうありたいと勇気づけられるに違いありません。
ところで、この映画を観て、いろいろと調べるうちに、「ローマの休日」以外にも、ダルトン・トランボが関わった素晴らしい作品がたくさんあることを知りました。
「ジョニーは戦場に行った」「パピヨン」「ダラスの熱い日」「スパルタカス」「栄光への脱出」といった作品は、いずれも映画史に残る名作だと思います。
とりわけ、迫害を受ける中で他人の名前を使って発表された「ローマの休日」については、映画の中ではさらっとしか触れられていませんが、まさにその時代背景が作品の制作に影響したところもあり、また、実は、ダルトン・トランボの生き方が色濃く投影されているように思います。
「ローマの休日」のことなど、まだまだ書きたいことがありますが、長くなりましたので、Part2に続きます。

2017年11月04日 > トピックス, 日々雑感
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