事務所トピックス
葵法律事務所

当事務所で扱っております労災の再審査請求で、不支給処分が取り消されましたので、その事件のことについてご報告したいと思います。

まず、事件の概要をご説明します。
事件は、あるナイトクラブで起きました。
従業員である東南アジア系の外国人女性は、同僚の女性が接客中に常連客の男性から絡まれてしまい、助けを求められたため、常連客を止めようとします。
しかし、それに怒った常連客が女性従業員をソファーで押し倒し、彼女の足関節を思い切りねじったのです。
その結果、女性従業員は膝の前十字靭帯を損傷し、その後手術を受けましたが、1年半以上経った今も普通に歩くことはできません。
事件は、労災事故であるとともに民事の損害賠償請求事件であることから、当初、示談交渉事件として受任することになりました。
民事の損害賠償請求は、当然ながら加害者の男性に対して行うことになります。
この時点では、よもや労災が認められないこと等あり得ないと考えていました。

ところが、その後、労災と認定されず、不支給決定が出ます。
その理由を見て、私たちは驚きました。
「自招行為」であり、業務上災害と評価できないという結論だったからです。
つまり、怪我は自ら招いたものなので業務に起因せず労災にはあたらないという判断だったわけです。
調べてみると、労基署の調査では、常連客だけではなく、被害者に助けを求めた女性従業員が、その常連客の言い分に沿う供述をしていることがわかりました。
しかしこの判断は明らかに不合理なものでした。
実は、この事件では、当時現場でその場面を目撃していた人物が何人もいたのですが、労基署の担当官はそれらの人たちから全く事情を聞いていませんでした。
加害者が真実を話すとは限らないことはいうまでもないことですが、その人物は常連客であり、その言い分に沿う供述をした女性は店の従業員ですから、店側に指示されて虚偽の証言をすることは十分にあり得ることです。
にもかかわらず、労基署の担当者は、その場に居合わせた複数の目撃者の話を聞こうともせず、加害者の言い分を鵜呑みにし、被害者の主張を虚偽だと判断したのです。
もう一点、これが決定的なのですが、加害者は、被害者の怪我について、自分に突っかかって来たので、振り払ったところ、足をひねったという言い分を述べていました。
しかし、被害者が負った膝の前十字靭帯の損傷は振り払われて足を捻った程度で生じること等絶対にあり得ません。
この一点のみで、加害者の言い分が嘘だということは明らかでした。
私たちは、目撃者の証言の録音、録画を添えて、審査請求をしました。
ただ、この時点では審査請求で判断は覆ると楽観視していました。
なぜかというと、業務中の第三者による負傷の場合は、業務起因性を推定するという通達もありますので、複数の目撃者がおり、医学的評価からしても自招行為の認定は維持されるはずはないと踏んでいたからです。

ところが、審査請求の結果は前と変わりませんでした。
正直、愕然としました。
また、同時に、依頼者の落胆は非常に大きなものがありました。
そこで、私たちは、再審査請求を行うか、訴訟に切り替えるかを検討したのです。
事案の内容からして、訴訟に切り替えれば、まず間違いなく判断は覆るという確信はありました。
しかし、訴訟となると、相手は国ですので、相当な労力と時間を要することは容易に想像できました。
その一方、再審査請求は、早期に判断が得られますが、結果が覆る可能性は裁判に比べると低いといわれていることもあり、もし、再審査請求で判断が覆らなければ、そこから訴訟となり、二度手間となってしまいます。
いろいろと迷いましたが、依頼者とも相談し、結局再審査請求を選択しました。

再審査請求の手続では、指示されたいくつかの書面を提出し、さらに希望があれば労働保険審査会に出頭して質疑に応じたり口頭で意見を述べることができます。
ちょうど、コロナの影響が拡大し始めた時期でしたが、審査会は開かれ、その場で審査員の方々と対面でやりとりをすることができました。
この審査会の手続は、わりとあっさり終わってしまうこともあるのですが、今回は審査員からいろいろと尋ねられ、また追加資料の提出を求められるといったやりとりもあって、審査会が終わった時点では、それなりの手応えを感じていました。
ところが、その後コロナ危機が拡大したことから、夏前には出るのではと思っていた結論は、秋になっても届きませんでした。
依頼者のことを思うと、じりじりした日々が続いていましたが、10月後半になって、やっと吉報が届きました。
原処分を取り消すという内容で、嬉しいというよりは、一山超えたということで、ホッとしたというのが正直なところでした。

事件はまだ続くのですが、ここまでの経緯を振り返るといろいろ思うことがあります。

まず、はっきり言って、労基署の判断と審査請求の判断については、およそプロの仕事とはいえませんし、非常に腹立たしく思います。
本件の場合、事実を自然にとらえて客観的に証拠を評価すれば、加害者側の言い分は筋が通らず、虚偽であることは一目瞭然でした。
中でも決定的なことは、前述したとおり、振り払われて、足を捻っただけで、膝の前十字靭帯を損傷するはず等ないということでした。
そうした医学的な不合理さは、手術を行った医師に確認すればすぐにわかることなのに、調査にあたった担当者らは医師への聞き取りすら行っていませんでした。
また、原処分では加害者の供述に沿う証言をした女性従業員について、「嘘をつく理由がない」としてその証言は信用できると認定しているのですが、常連客をかばおうとする店側が従業員に虚偽の証言をさせる可能性を洞察する想像力すらないのかと言いたくなります。
さらに、調査の過程で、複数いた目撃者からもまったく話を聞いていないこともおよそ信じ難い手抜きといえます。
また、本件の場合、前述した通達もあるわけで、それを無視するがごとく不利益な認定がなされているわけでなおさらです。
ここまでひどいと、もしかしたら労基署の担当者は、本件について端から労災にしないつもりだったのではないかという疑念さえ湧いてくるほどです。

もう一つ思うのは、このような不当な処分が出された場合に、それを覆すための被害者の負担の大きさについてです。
今回はなんとか再審査請求で判断をひっくり返すことができましたが、労災に遭った被害者にとって、ここまでの手間暇をかけなくてはならないというのは大変な負担ですし、それも弁護士の助力なしでは極めて困難なことだったに違いありません。
特に、外国人労働者にとっては言葉の問題もありますので、さらに大変なことです。
となると、労災として権利救済されるべき事案について不支給の処分が出てしまった場合、泣き寝入りせざるを得なくなった人が多く存在しているのかもしれません。
労災の場合、その後に民事賠償を控えていることもありますので、この場面で杜撰な不利益認定を受けてしまうと、民事賠償にも重大な影響が及びかねませんので、その不利益はさらに大きなものとなります。
労災は、判例の蓄積もあり、かつてに比べると認定基準は広がっていますが、個々の認定に関しては、恣意的ともいえる不合理かつ不利益な判断がなされることは決して稀なことではありません。
ですので、事故に遭われて、労災にあたる可能性がある場合、あるいはいったん不支給の処分が出たとしても納得できない場合には、諦めず、お住いの地域で労災が扱える弁護士に相談してみるようお勧めいたします。

2020年10月31日 > トピックス, 事件日記
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