本件は、以前、当ホームページでも、事故後の院内調査が極めて不十分なものであったことについて医療事故調査制度のあり方との関係で取り上げた症例です。
事故の内容について概要で申し上げますと、中心静脈カテーテル(CV)の挿入の手技を試みた際に、誤って主要動脈を損傷し、その日のうちに出血性ショックで亡くなられたという非常に痛ましい事故です。
事故後の院内調査が杜撰なものであったことについては、繰り返しとなるので、本稿では中心的に述べません。
以前の記事をお読みいただければと思います。
同事故についてもう少し詳しく述べますと、それは、ある総合病院で、若い医師が鼠径部(足の付け根あたり)からのCVカテーテル挿入を試みたもののうまく行かず、約10回もの穿刺を行うも成功せず、穿刺針を長い針に変更して穿刺を終えたところ、術後に、血圧の急激な低下や皮下血種形成が確認されるなどの事態が起きていたのに、医療介入されることもなく、その後急変し、死亡に至ったというものでした。
ところが、事故直後の説明では、このような経緯を経たにもかかわらず、「COVID-19による感染症の増悪によるもの」との説明がなされています。
確かに、入院のきっかけは新型コロナウイルス感染でしたが、その説明に遺族が疑問を持ったことから、画像診断が実施され、その結果、骨盤内に血種様の所見が確認されたことから、解剖が実施されて右下腹壁動脈損傷による出血性ショックが死因であることが明らかとなったのです。
本件事故では、患者さんがなくなられるまでの医学的機序はほぼ確定できたのですが、ポイントは、鼠径部へのCV挿入の際に、手技の過失があったか否かという点と、術後の管理という点での落ち度が認められるかという点にあると考えました。
鼠径部への挿入の手技については、鼠経靭帯よりも頭側での挿入は動脈損傷のリスクが高いので避けるべきというのが、協力医の見解でもありました。
ただ、この点について病院側の代理人は過失を明確に認めないのです。
実際には、本件でCV挿入を実施した医師は研修医であり、臨床経験が足りませんし、実際に生じた結果からみても挿入部位を誤った可能性は高いといえるのですが、鼠経靭帯より尾側での挿入であっても、挿入の角度によっては下腹壁動脈等の損傷を引き起こす可能性がないとまではいえません。
このあたりについては、事故から学ぶべき教訓であったり、医療過誤の主張立証責任のあり方という問題もありますので、Part2で取り上げます。
ただ、いずれにしても、血管損傷があっても即出血性ショックで死に至るわけではありません。
実際には、体内を循環する血液量が減少していくため、脈拍数や呼吸数が増加し、末梢への血流不足でチアノーゼになるなどのいわゆる代償性ショックとなり、それから非代償性ショックへと移行して行きますし、その間には一定の時間を経るので、代償期に医療介入していれば、十分に救命は可能であり、本件事故でも、CV挿入後の異変に気付いてすぐに介入していれば救命できた可能性は高いといえるわけです。
このような二段構えの指摘を受けて、最終的には病院側も責任を認め、死亡の責任を認めたと評価できるレベルの示談解決を図ることができました。
また、示談にあわせて病院側からは、謝罪と再発防止を約束する内容の書面を受け取ることもできました。
何度も書いていることですが、民事事件で責任を認めての早期解決は、医療側にとっても決して大きな負担とならず、ミスを犯した医師の方にとっても、早期に、ミスを教訓にして前向きに医療に取り組める機会が訪れるわけですから、医療側でも、いたずらに構えて、黒を白と言い繕うのではなく、民事事件で早期解決を図ることの意味を前向きにとらえべく発想を変えていただければと思う次第です。
なお、本件で教訓にすべきことはほかにもあると思うのですが、長くなりますので、Part2に続きます。