事務所トピックス
葵法律事務所

弁護士は、事案に応じ、局面に応じ、様々な選択をしなくてはなりませんが、その中で大変なのは、新しい法律知識や判例の検討はもちろん、実務の動向にも気を付けなくてはならず、実は、それが落とし穴になることがあるということです。
最近扱った、ある交通事故の件がその好例といえますので、今回はその事件を取り上げてみます。

事件は、高齢の女性が横断歩道上を渡っていたところ、広い交差点であったため、青信号で渡り切れず、赤信号になってしまい、前を見ないで突っ込んできたバイクに撥ねられ、高次脳機能障害になったというものですが、この事件の加害者の男性は自賠責保険にしか入っていませんでした。
自賠責で支払われる額は、通常、任意保険よりもかなり低額になることが多いのですが、この事件では、たまたま、依頼者の息子さんが別の総合保険に入っていて、家族が人身傷害の被害を受けた場合も一定の補償を受けられるようになっていましたので、症状固定後、自賠責の被害者請求を行い、さらに当該保険会社からの条件提示を受けるに至りました(実際にはそれまでも紆余曲折はあったのですが)。
提示された条件は、検討してみると、加害者が任意保険に入っていた場合に比べ、やはり低額なものでした。
そこで、当職らは加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起することとしたのです。
この点がポイントなのですが、この提訴の主目的は、資力の乏しい加害者から賠償を得るということではなく、人身傷害特約付きの保険契約を締結している損害保険会社から上乗せの保険金の支給を受けるというものでした。
実は、平成24年ころに保険実務が変更になったことで、被害者側が、加害者側に対して、訴訟を提起し、裁判所での和解もしくは判決で損害額が確定した時点で、上乗せの金額が支払われる場合があり、本件ではそれを利用してみる価値があるということで、訴訟を提起することとしたのです。
訴訟先行型と呼ぶのですが、つまりは、この制度を知らなければ、保険会社側が提示した金額をベースとした解決で終わってしまうことになるわけですから注意が必要なわけです。

訴訟になれば、事故態様からして、裁判所から早期の和解案提示がなされるのではないかと想定していましたが、実際には加害者側の代理人が、事故態様、過失割合等を正面から争ってきたことから、事故態様の立証などにエネルギーを割かなくてはなりませんでした。
確かに、加害者側としては、保険会社から将来求償を受ける可能性がある以上、損害額を減らしたいと考えるのは当然でもあり、このあたりはやむを得ないところでもありました。

ただ、この事件は、途中から様相を変えました。
加害者の代理人が、急に、破産申し立ての検討を始めたと伝えてきたのです。
そこで、保険会社側に確認するなどして検討したところ、破産が先行してしまうと、加害者側への求償が難しくなるため、当初の提示額にとどまってしまうという話が出てきたので、そこからは、一方で保険会社側から規約の提示を受けたりしながら、他方で、裁判所や加害者側との折衝を行うという両面対応を余儀なくされました。
結論的には、加害者側が破産申し立てをする前に、和解を行うのであれば、上乗せ額が支払われるという点を保険会社側に確認したうえで、裁判所に和解提案を求め、加害者側もそれを了承して、和解に漕ぎつけ、無事に解決に至りました。
保険会社の当初の提示額よりも1000数百万円程度の上乗せとなり、訴訟先行型の実を得られる解決となり、我々としても胸を撫で下ろしました。

交通事故に遭った時、加害者が任意保険に入っていないため、十分な賠償を受けられないというケースは、遺憾ではありますが、決して稀なことではありません。
そのことについて思うのは、事故のほとんどは過失によるものですが、任意保険に入らず、車を運転するというのは、「故意」であり、そのこと自体が厳しく罰せられるべきではないかということです。
なぜなら、大部分の運転者にとって、避け難いような状況で起きた事故であっても、ひとたび事故が起きれば、何らかの過失を問われることがあり得ますし(特に歩行者相手の事故についてはそういえます)、そうである以上、十分な賠償がされるための任意保険への加入は、「任意」ではなく、運転者の基本的な義務といえるからです。
ただ、実際は、任意保険に加入していない、さらには自賠責にすら入らず、ハンドルを握っている人が少なからず存在します。
そんな人がいったん事故を起こせば、被害者のみならず、加害者やその家族にとっても時に一生を左右しかねないほどの経済的な重荷を背負うことになるのです。
そうである以上、被害者側にとっても、別の損害保険に入って、人傷特約を結んでおくことは、いざという時の備えになりますし、本件であらためてそのことを痛感しましたし、弁護士としても、そのような事件に遭遇した場合には、保険の規約を精査し、それを最大限生かすような活動をしなくてはなりません。
なお、これも訴訟の中で知ったことですが、一言で訴訟先行型といっても、保険会社から受けられる保険金額は、会社によってその計算方法がかなり違っていますので、この点でも注意が必要です。
ともあれ、人生、いくつになっても日々勉強です。

2024年01月23日 > トピックス, 事件日記
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