昨年からつい先日まで、当事務所で扱って来たある刑事事件のお話をしたいと思います。
その事件は、地裁で実刑判決が出たところから引き受けた窃盗の控訴、上告事件だったのですが、高裁でも実刑判決が出て、そこから最高裁への上告、さらには上告が棄却されてからの異議申立というかなり稀な手続にまで関わりました。
正直、途中から刑事弁護を引き受けるというのはやりにくい面があり、躊躇するところもあるのですが、その事件の場合、被告人には非常に気の毒な事情があって中途受任することとなりました。
「気の毒な事情」の中には、刑事弁護、刑事司法手続のあり方に関わる問題もあるように思いますので、取り上げてみたいと思います。
その事件は昨年春に地裁で実刑判決が出たのですが、その直後、被告人の内縁の妻の女性が事務所に相談に来ました。
そこで聞いた話は、俄かに信じ難いような内容を含んでいました。
まず、被告人は、家族のために働かなくてはならず、被疑者段階から、被疑者国選弁護人となった弁護士に示談交渉をとお願いしたそうですが、それにはまったく応じてもらえなかったというのです。
示談交渉すらしていなかったこともあってか、被疑者はそのまま起訴されるのですが、驚いたのは、国選弁護人のそれまでの接見回数と接見時間です。
被告人によると、弁護人は合計10回くらい接見に来たそうですが、毎回数分程度しか接見せず、すぐに帰ってしまうというのです。
そして、起訴となった頃に、これからはもうあまり来ないというようなことまで言われたそうです。
また、保釈申請をとお願いしたら、それも自分でやるようにと言われ、やむなく自分で申請したら保釈は認めてもらえなかったそうです。
その後、2度目の保釈申請はお願いしてなんとかやってもらえ、保釈許可決定はおりたのですが、判決前には、弁護人から「示談しなくても執行猶予になる」と言われていて、いざ判決期日に臨んだところ、実刑判決が出たのです。
また、判決の直前には、「もし万一実刑判決になっても保釈中なので家に帰れる」とも説明されたそうです。
しかし、そんなことはあるはずもなく、被告人は判決後、そのまま身柄拘束されます。
国選弁護人は、法廷で、「すぐに控訴するように」と助言したそうで、被告人もそれに従い、即日控訴の手続を取ったのですが、家族のために働く必要もあることから、すぐに家族を通じて再度の保釈申請をと要望したところ、「控訴したらもう弁護人ではない。すぐに保釈申請したいなら、私選受任となるので着手金を用意するように」と言われたそうです。
幼い子供を3人抱えている状況で、元々経済的に厳しいところへ持って来て、夫が働けないわけですから、どうしようもなくなって、当事務所に駆け込んで来られたのです。
いろいろと事情を聴いた結果、その弁護士の活動があまりにひどいと感じたので、結局、控訴審から弁護を引き受けることにしました。
保釈申請の準備のため一審における事件の経緯などを把握する必要があると思い、問題の弁護人に連絡をしたのですが、一切協力できないと断られました。
さらに、その直後、内縁の奥さんにその弁護士が連絡を入れ、事務所に呼びつけた上で、「控訴しても保釈なんか認められるはずはない。その弁護士は金目当てだから断った方がいい」と言い放ったそうです。
その弁護士の対応にあきれつつ、まずは保釈申請をしました。
一審の裁判所も、国選弁護人の弁護活動に疑問を持っていたのか、保釈はわりとあっさり認められました(ちなみに、保釈については、時間が経つと高裁での判断となりますが、それだと記録を読めていないため、さらに判断が遅くなるので、控訴後すぐに地裁と掛け合って、地裁に記録をとどめて判断してもらうことで、早期保釈を実現することができました)。
なお、保釈金については保釈支援協会を使っており、そのことについてはいろいろと思うところもあるのでまた別の機会に取り上げたいと思います。
その後の控訴審における弁護活動ですが、親族に協力をお願いして、被害者との示談を成立させるなどできる限りのことはやりました。
控訴審では、示談できたこともあって減刑はされたものの実刑判決は変えられなかったのですが、被告人も弁護活動の内容については納得してくれていると思います。
しかし、それだけに、被疑者段階から一審を担当した国選弁護人に対しては強い憤りを感じているとのことです。
確かに、被疑者、被告人にとっては担当する弁護士しか頼れる人がいないわけですから、唯一の頼みの綱である弁護人がなすべき弁護活動をやってくれなければ、不起訴、罰金となるべきものが起訴となり、執行猶予どまりのはずのものが実刑となるという、まさに天国と地獄の差となってしまうこともあるわけで、憤慨されるのも当然のことと思います。
実は、このような弁護人がいるという話はこれまでも耳にしたことがあります。
ただ、その背景には、国選弁護の費用が低すぎること、特に収入が不安定な若手弁護士にとっては、国選弁護で効率よく日当などの収入を得たいという動機が働いてしまうという現状があるように思います。
もちろん、個々の事件において手抜き弁護にあたるようなことがあってはいけないのですが、一方で国民の方々に知っておいてもらいたいこともあります。
私たちは刑事司法の一翼を担い、被疑者、被告人の権利を守り、また可能な限り被害回復、再犯を防ぐための説諭や環境調整にも努めているわけです。
しかし、刑事手続の現状を見るにつけ、この国の司法行政は、弁護人が負っている重い役割を軽視していると感じることがしばしばあることもまた事実です。
刑事司法の一翼を担う弁護士に対して、それに見合う報酬が支払われるようにならなければ、結果として司法に対する信頼が失われることになりかねません。
カルロス・ゴーンの問題もあり、刑事司法手続に対する国民の関心が高くなっていますが、多くの弁護士が、弁護士による弁護を受ける憲法上の権利を実践するという重い重責を低額の報酬で実践させられている、このおかしな現状を変えるべきではないかという視点、問題意識を共有していただければと思います。