前回に続いて、「局所麻酔薬中毒による死亡事故」に関する解決のご報告をさせていただきます。
PART1でも触れたとおり、裁判の中で、被告側は、事故の時系列を後にずらすような主張を延々と繰り返していました。
本件では明らかに無理筋なのでさすがにやって来ないだろうと思っていたのですが、予期に反しました。
実は、このような「時系列をあとずらしする」というのは、別件でもありましたが、実際の医療側の対応としては常とう手段のようになっているのではと感じるところがあります。
なぜかといいますと、全体があとにずれれば、急変の時刻も後にずれることになり、過失の点でも被告に有利に働きやすいし、結果回避の可能性もまた低下する可能性が高くなってくるからです。
しかし、私たち患者側代理人にとっては、医療過誤訴訟は単に勝ち負けを争うゲームの類ではありません。
事故の真相を解明し、責任の所在を明らかにすることが何よりも重要なことだからです。
しかし、全てとはいいませんが、残念ながら、医療側の代理人の中には、真相が曖昧なままで、有責性の心証を裁判所に抱かせなければ勝ちと考える、ゲーム感覚のような弁護士が少なからずいるように感じます。
実際、ある医療側の著名な事務所の弁護士が、法廷の場で、「真相究明のために活動しているわけではない」と堂々と発言していて、勝ち負けが優先という発想に立てば、なんでもありなのかとすごく嫌な気持ちになったことがあります。
とにかく、これまでにも、時系列がずらされてしまうということは幾度かありましたが、今回の訴訟でも、まさに、30分前後の時間のずれが訴訟上で一つの争点になってしまったのです。
救急要請の時刻は消防署の救急活動報告書の記載で明白なので、それまでの時間、医療側が何をしていたのかが問われることになりますし、午前9時半より以前の急変であれば、30分もの間何をしていたのかということになりますから、被告側にしてみると、責任を免れるためにはそういうしかなかったのかもしれません。
しかし、被告側の時系列主張を裏付ける客観的な証拠はありませんので、さすがに裁判所も、この被告側の荒唐無稽な主張を早々に排斥してくれるものと考えていましたが、そこに至るまでに5年もの年月を要したのです(その間に、原告となっていた、死亡した患者のお母さんは亡くなられてしまいましたから、その無念を思うとなおさら残念でなりません)。
私たちが、医療過誤訴訟を扱っていて、非常なストレスを感じるのはこの点です。
一般の訴訟であれば、原告であれ、被告であれ、客観的な裏付けなくそのような主張を行えば、裁判所は、訴訟経済の観点も踏まえ、早期に心証開示をして来ることがありますが、医療過誤訴訟では、裁判所はとたんに慎重、もっといえば臆病になります。
医療側が荒唐無稽と言えるような主張をあちこちで繰り返ししているのは、医療訴訟における裁判所の慎重姿勢を見越した上のことかもしれません。
ところで、この訴訟の中で、私たちは、ある法的主張を行っています。
それは、神経減圧術後の脳内血腫による死亡という医療事故に関する平成11年3月23日付最高裁判決を踏まえたものです。
かいつまんで同判決を引用しますが、同判決では、「(患者の)健康状態、本件手術の内容と操作部位、本件手術と病変との時間的近接性、神経減圧術から起こり得る術後の合併症の内容と症状、血腫等の病変部医等の諸事実は、通常人をして、本件手術後まもなく発生した小脳内出血等は、本件手術中の何らかの操作上の誤りに起因するのではないかとの疑いを強く抱かせるものというべきである」との判示がなされ、さらに、医療側の他原因の可能性に関する主張については、「本件手術の施行とその後の脳内血腫の発生との関連性を疑うべき事情が認められる本件においては、他の原因による血腫発生も考えられないではないという極めて低い可能性があることをもって、本件手術の操作上に誤りがあったものと推認することはできない(と認定することは)経験則ないし採証法則違背(にあたる)」との判示がなされています。
この最高裁判決の言わんとするところは、「その事案におけるある悪しき結果が、医療側のミスによるものであると、通常人をしてそのような疑いを抱かせるものであれば、被告による『可能性の低い他原因主張』をもって医療側の責任を否定することは経験則違反ないし採証法則違背となる」としたものであり、事実上の主張立証責任の転換がなされたものと受け止められています。
実際、冷静に考えてみれば、ある患者が医療機関内で急変して死亡した場合に、その死因について、被告側が様々な可能性をあげつらって来た時に、その可能性をあまねく否定しきることは決して容易なことではありませんから、当然の法理といえます。
医療裁判における主張立証責任のあり方については、まだまだ発展途上ではありますが、医療側の主張に惑わされず、まずはメインコースを検証することで、裁判所が、通常人をして「ある一定の経過を辿り、医療側のミスによって悪しき結果が生じた」との疑いを強く抱けるか否かに主眼を置いて、心証形成に努めるという姿勢で臨むことが肝要なのだと強く思います。
そういう姿勢で訴訟に臨んでもらうことで、医療側のおかしな主張に惑わされることなく、的確で速やかな訴訟活動が可能になると考えるからです。
さらにPART3に続きます。