医療事件日記~フォルクマン拘縮のお話
フォルクマン拘縮という疾病をご存知でしょうか?
フォルクマンというのは人の名前なのですが、医学的な表現では「阻血性拘縮」と呼ばれるものです。
肘の周辺の骨折などのあとに、内出血や圧迫などによって閉鎖された筋肉・神経・血管の組織の内圧が上昇し、循環不全を来し、筋肉の組織が壊死したり、末梢神経が麻痺するなどして肘から手指にかけての拘縮や神経障害を生じさせる疾病ですが、特に、小児の上腕骨顆上骨折においては、重要な合併症の一つとして知られています。
かなり前に扱ったことがあるのですが、最近になってこの疾病に関する相談を久々に受けましたので、このフォルクマン拘縮のことについて少しお話してみたいと思います。
以前に扱ったフォルクマン拘縮は裁判にまで至ったのですが、その際に非常に印象に残っていることが二つほどあります。
その一つが、神奈川県こども医療センターのベテラン医師と面談した時のことです。
被害者は小学生の子供さんだったのですが、校医のミスからフォルクマン拘縮となり、別の医師が気付いてすぐにこども医療センターに送られます。
引き受けたこども医療センターの医師は、すでに筋組織が壊死するなどしていたためすぐに手術に入るのですが、面談の際に伺ったところでは、フォルクマン拘縮と聞いて若い医師が大勢、その子の手術を見に来たとのことでした。
フォルクマン拘縮は、整形外科の領域ではよく知られた合併症なのですが、こども医療センターの医師に言わせると、「医師にとってのABC」というレベルのもので、普通に気を付けて治療にあたっていれば起きないはずだから、センターの若い医師らは講学上は知っているけれど実際に見たことはなかったというのです。
つまり、そのくらい基本中の基本といえるわけです。
その事件の時の医師の初歩的なミスというのが、受信時に整復の処置をした後、すぐにギプスを巻いて帰宅させたことでした(実際には、その後の痛みなどの諸症状の訴えを軽視したというミスも重大なのですが)。
実際、骨折直後は、骨折部位が腫脹、つまり腫れて膨らみやすいため、この時期のギプス固定は圧が外に逃げず、内圧を上昇させてしまうことから、阻血となってフォルクマン拘縮につながりやすいのです。
そういう意味では、この事件は、医師の過失は明白で、本来争う余地のないものでしたが、医療側が責任を否定したことから裁判になりました。
そこでもう一つ記憶に残っていることは、その裁判と並行していたもう1件の医療過誤裁判の中でのことでした。
そちらの事件もやはり骨折後の対処が問題となったのですが、多少早く進行していたため、被告の医師の尋問も先行して実施されることになったのです。
その尋問の際、事件の争点と直接関係はなかったのですが、もしかしたら話してくれるのではないかと考え、前提質問のような感じでギプス固定のタイミングについて質問をしてみました。
すると、その医師は、「骨折当日はギプス固定はしません」とあっさり答えたのです。
被告の医師に、なぜかとその理由を尋ねたところ、「フォルクマン拘縮となってはまずいからです」と明確に答えてくれました。
咄嗟に、この供述調書をフォルクマン拘縮の方の裁判に証拠で出そうかと思ったくらい、どんぴしゃりの回答でした。
結局、フォルクマン拘縮の裁判の方は尋問にまで至らず、主張段階で有責前提での和解となりましたので、この供述調書を証拠として使うことはありませんでしたが、並行している裁判の中での出来事でしたので、非常に記憶に残っているわけです。
最後に、フォルクマン拘縮の発症をいかにして防ぐかについてお話します。
フォルクマン拘縮は、小児の上腕骨骨折で時折見られることですし、裁判にまで至ったものもかなりありますが、裁判の勝ち負けという話ではなく、患者にとっては手関節や指などの伸展、屈曲制限が残らない方がいいわけで、教訓とすべきことがあると思うわけです。
まず、フォルクマン拘縮にならないためには、骨折当日のギプスは避けるべきだし、包帯などでもきつく巻けば阻血になります。
ただ、そのことだけではなく、実際、ギプスや包帯を巻いている患者さんについては、もし、痛みや動きが悪い、麻痺などの症状、爪の色などにも注意しておく必要があり、ちょっとでもおかしいと思ったらすぐに医者に行くべきだし、深夜に症状が悪化するなど、すぐに医者に掛かれないような場合には、素人にはなかなか判断の難しいところではありますが、医師の判断を待たずに直ちにギプスや包帯を取るという決断も時に必要となります。
こども医療センターの医師も、阻血兆候があったら、「バカッ」と開けなきゃだめだと何度もおっしゃっていました。
そういう局面に出くわした方は、くれぐれも気を付けていただければと思います。
医療事件のお話~合併症と医療過誤
医療事故が起きた後、医療側から「承諾書の中に記載された合併症であり、医療ミスではない」という説明がなされることがあります。
しかし、この説明は、厳密にいえば不正確でもあり、また、遺憾なことではありますが、時に医療側が意図的に、医療ミスであることを糊塗しようとして、このような説明を行うことも少なくありません。
今日は、そのことについて述べてみます。
そもそも、合併症という言葉は、やや多義的で、曖昧なところがあります。
特定の病気に関連して起きる疾病のことを合併症と呼ぶこともありますが、ここでは、医療過誤か否かの観点での分類ですので、手術や検査等を実施した後に、その関連で起きる疾病という意味で用います。
この定義を踏まえれば、合併症が医療過誤にあたるか否かは、合併症あるいはその後に続く悪い結果が医療者のミスによって発生したのか否かによって決まるのであって、承諾書の中に記載されていたか否かによって決まるわけではありません。
たとえば、開胸、開腹等の手術を実施した際に、主要血管を損傷して死亡に至ったという症例を想定してみてください。
血管の損傷やそれによる出血自体は、通常、承諾書の中に合併症として記載されることも多いのですが、この主要血管の損傷が医療者のミスによって生じた場合、あるいは、その後の対処に医療者のミスがあり、悪い結果が生じた場合は、血管の損傷やそれによる出血自体が、承諾書の中に合併症として記載されていたとしても、当然に医療過誤となるのであり、医療側は法的責任を負わなくてはなりません。
つまり、手術などの後に生じた悪い結果が、医療ミスによって生じたものか否かが重要なのであって、それが手術の承諾書に記載された合併症の範疇に属するか否かという区分自体は、法的責任の有無を判断する上では何の意味もないことです。
したがって、事故後に、医師から説明を受ける際には、合併症という言葉に惑わされることなく、なぜ悪い結果が生じたのか、そこに医療側のミスが介在していないかという観点で、説明の場に臨み、事故を検証して行くことが肝要なことなのです。