医療事件日記~ある証拠保全で気になったことPart1
今年もあと2か月余りになりました。
まだ1年全体を振り返る時期ではありませんが、当事務所の傾向としては、証拠保全手続が非常に多かった年でもあります。
最近は、カルテを任意開示で入手して持って来られる方もおり、また、すでに他の弁護士が証拠保全を終えているケースもあったりなどで、受任した事件について必ずしも証拠保全手続を取らないことが増えているのですが、そう考えると、今年の証拠保全件数はかなり多いといえるのかもしれません。
ただ、これまでにも何度か取り上げているように、やはり電子カルテの証拠保全はかなり大変で、行く度に「えっ?」と驚かされるようなことがあります。
つい、先日も、ある医療事件の証拠保全手続でまたそのような体験をしましたので、ちょっとそのご報告をしたいと思います。
事件についてはまだここで詳細に述べるわけにはいかないのですが、ごく簡単に申し上げれば、心臓に持病を持つ患者さんが入院中に脳梗塞を発症されたという症例になります。
相談の際に持参いただいた資料を検討したところ、医療側に過失があることは明白だという心証を抱いたのですが、従前からの経過や入院中の経緯等を正確に把握する必要もあり、また画像所見、カルテの更新履歴等も確保しておく必要があるとの判断で証拠保全手続に踏み切ることになりました。
証拠保全自体は、何とか無事目的を達することができたのですが、非常に気になることがありましたので、ここで取り上げてみたいと思います。
保全した電子カルテの量は、印刷したものだけで、全部で3000枚近くに達しました。
確かに3回の入院もあるので、ある程度量が多くなることは覚悟していたのですが、特に最後の2~3か月の分だけが異常な量になったのです。
どうやら、最後のあたりで記事の更新が繰り返されたため、診療の経緯の記事に×がつけられた部分が繰り返しコピペされ、それが膨大な量となって印刷されていたということが影響しているようでした。
電子カルテは、日常の医療においてはペーパーレス化に役立っているかもしれませんが、こうした事故の検証ということになると、かえって無駄に紙を使っているようで、なかなか困った問題です。
ただ、当日の手続で本当に困ったのはそこではありません。
前にも述べたように、電子カルテの証拠保全の際には、「電子カルテの出力画面で必要なデータにチェックが入っていることを確認し、一括出力で印刷を開始する」という手順をパソコンの画面上で確認することになります。
しかし、今年の別件でもそうでしたが、今回もまた、その手順を踏んでも印刷されないデータが山のように存在していたのです。
今回のカルテは、前の時とは別のベンダーのものですので、決して特異なケースではないということになります(しかも両社とも一定のシェアがあります)。
一括出力で印刷されないとなると、当然のことながら、私たちから電子カルテの担当者に、その点をあれこれ質問しなくてはなりません。
すると、漏れているデータの存在が次々と明らかになります。
しかも、さらに問題なのは、それらのデータはパソコン上は確認できるものの、一括印刷ができないということでした。
そうなると、一日分ずつ表示して印刷という作業を延々と繰り返すか、ある程度の日数分を画面に表示してこちらで写真に撮るかしかなくなります。
しかし、目の前のプリンターは元々の一括出力分の印刷を黙々と続けています。
結局、私たちは後者の方法を選ぶこととし、同行したカメラマンに写真をいちいち表示したパソコン画面を写真に撮ってもらったのですが、当然ながら、それもまたえらく大変な手間となります。
ただ、このようなことも、私たちが現場で気づいて指摘しなければ、保全できないままで終わってしまうわけで、出力から漏れるデータがないかどうかをその場で見極めなければならないというのは、現場で非常に大きなストレスになりますし、それこそが電子カルテの証拠保全の難しさでもあります。
ともあれ、何とか、無事必要なデータの保全は終えることができました。
今回、幸いだったのは、病院の職員の方々の対応が非常に良かったということです。
途中からは、あまりにも膨大な作業になったので、もう一台パソコンを持ち込んでいただき、二人の職員の方に、それぞれパソコンと向き合って、こちらの要請にしたがって作業に取り組んでもらったのですが、お二人とも、午後いっぱいかかった作業を、嫌な顔一つせず、丁寧にこなしてくださいました。
この日対応いただいた職員の方々には心から感謝申し上げたいと思います。
ところで、この日の手続の実施についてはもう一つ重大な問題が起きていました。
これは別の意味で由々しき問題だと思うのですが、長くなりましたので、Part2で取り上げたいと思います。
医療事件日記~「カルテ証拠保全の体験談あれこれ」その1
今年に入って、当事務所ではすでにカルテの証拠保全を3回実施しています。
内1件は、個人医で、カルテも電子カルテではなく紙カルテでしたが、他の2件は電子カルテの証拠保全となりました。
このホームページでも、幾度か電子カルテの問題を取り上げておりますし、保全の手続についても記事にしています。
それなりに現場を踏んでいることもあって、また、電子カルテに詳しい弁護士にも補助者(カメラマン)として同行してもらっていることもあって、現場での基本的な手続の進め方については概ね把握できていると思うのですが、それでもいざ証拠保全の現場に行くと想定外の出来事が起きたりします。
というわけで、証拠保全手続の中で起きた「えっ?」と思うような出来事と、そうした予期せぬ事態に遭遇した場合にどう対処したかといったことを、今後、折に触れて取り上げてみたいと思います。
まあ、こうした現場での体験談は、「太陽のもとに新しきものなし」で、お役に立つこともあろうかと思いますので、お読みになった方は何かの参考にしていただければ幸いです。
まずはその第1回目ですが、つい最近実施した、神奈川県内のある総合病院での証拠保全手続で驚いた、とある体験について述べてみます。
事案は、肺炎疑いで入院した患者に対する抜歯後の容態急変からの死亡事故です。
現時点では、事案の詳細を述べることは差し控えておきますが、当然、呼吸器系の内科と歯科のカルテなどが保全の対象となります。
しかし、証拠保全当日、病院に赴くと、いきなり病院の事務局担当者から「歯科については、同じ病院内にはあるけれど、うちの医療法人の経営ではなく、場所を提供しているだけで、あくまで個人の歯科医である」という説明があったのです。
私たちは、その発言を聞いて一瞬耳を疑ったのですが、そうなると手続的には厄介な問題が生じることになります。
つまり、私たちが医療事故の相手方と想定したのは病院を経営する医療法人ですので、保全の対象となるカルテも、原則的には相手方である医療法人が保管するカルテに限定されることになります(例外もないわけではないのですが、結構面倒なことになります)。
案の定、裁判官が、「となると、歯科のカルテは保全できないことになるかもしれませんね」と呟きます。
もちろん、その場で、相手方が任意で提出に応じてくれればよいのですが、それはあくまで「任意の開示」であり、相手方が開示を拒否した場合は、裁判所の判断によっては保全の対象外となりかねません。
驚いた私たちは、その場ですぐ病院のホームページを確認しました。
しかしながら、ホームページのどこを見ても、歯科の経営主体が別であるとの記載はなく、逆に、病院内の一科目として他の診療科目と同じ個所に羅列されているだけでした。
また、歯科のスタッフも他の診療科目と同様の体裁で記載されていました。
私たちは、裁判官にそのページを示し、「こうした外観からすれば、法的に別人格と主張することは許されないはずである」と耳打ちをしました。
裁判官も、私たちのホームページの体裁などを確認して納得はしてくれたように見えましたが、病院側の出方がはっきりしないこともあって、特に結論めいた発言はありませんでした。
ただ、裁判官も、「とにかく歯科のカルテも出してください」と発言し、病院側に開示を促してくれたところ、病院側も、異論をはさむことなく歯科のカルテを開示してくれたので、最終的には事なきを得たのですが、およそ予期せぬ展開ではありました。
申立に際していつも気をつけているところではあるのですが、あらためて、保全の相手方の特定については、徹底して検討しておかなくてはならないと痛感した次第です。
相手方の特定で悩んだことは以前にもありますし、間違えると証拠保全が空振りとなるリスクもありますので、くれぐれも「要注意」なのです。
実は、この日の証拠保全については、ほかにも「えっ?」と驚くようなことがあったのですが、それはまた別の機会に取り上げてみたいと思います。
医療事件日記~ある医療事件の解決のご報告
当事務所の複数の弁護士が患者側代理人として関わったある医療事件が無事解決の運びとなりましたので、ご報告させていただきます。
事故は、60代の男性に腹部大動脈瘤が見つかり、人工血管置換の手術を受けたところ、大動脈と並行する大静脈を損傷し、出血死させてしまったというものです。
事故は遠方で起きたものでしたが、現地まで出向いて証拠保全を実施し、その後、血管外科の専門医の協力の下、調査を行ったところ、大静脈を損傷させたこと自体についての明確な過失は問えないものの、血管損傷後の止血処置が極めて不十分であり、止血処置が適切にさえ行われていれば救命できたはずであるとの結論に達しました。
事故の具体的経過ですが、術中に血管損傷が起きて急激に血圧が低下したにもかかわらず、執刀医が、その時点で積極的な止血処置よりも予定していた人工血管置換術の手技を優先したことから、その間に出血量が増大した影響もあって、損傷個所の同定ができないまま損傷の範囲もかえって広がるなどしてしまったため、相当時間経過後に、別の部位(正中)からの切開に切り替えたものの、やはり損傷個所の同定に至らず、結局、患者は亡くなられてしまいました。
「血管損傷後の止血処置が極めて不十分である」との協力医の見解は明快かつ精緻なものでしたが、事故後に病院内で実施された院内調査報告書の結論は医師らの過失を認めるものではありませんでした。
そこで、協力医に正式に鑑定意見書の作成を依頼し、作成された意見書の内容を踏まえて、院内調査報告書の矛盾点や医療側の有責性を詳細に指摘する内容の通知書を医療側に送付しました。
すると、昨年の年末近くになって、病院側の代理人弁護士から、院内調査の結果とは一転して、全面的に責任を認める旨の回答書が届いたのです。
しかも、驚いたことにその回答書には病院長からの謝罪の手紙が同封されておりました。
これまでにも解決の際に医療側から謝罪の手紙を受け取ったこともありますが、こちらが求める前に、医療側から謝罪の手紙をいただいたことはありませんでしたので、驚くと同時に、その潔い対応と心のこもった手紙の内容には強い感銘を受けました。
その後、依頼者である患者のご遺族とも打ち合わせを行ったのですが、ご遺族の側に、実際にミスを犯した担当医がどう考えておられるかを知りたいとの強い要望があったので、その要望を病院側の代理人に伝えたところ、ほどなく、私たちのもとに手術に立ち会った2名の医師による直筆の手紙が届きました。
いずれの手紙も、真摯な謝罪に加え、この事故のことを決して忘れることなく、精進を重ねて患者のための医療に取り組んで行きたい旨の決意の言葉が添えられておりました。
今回の事件自体、そして事故後の経過の中には、私たちが学ぶべき教訓が数多くあるように思いますし、そのことはいずれ差し支えない範囲で書いてみたいと思いますが、特に本件では、医療機関、個々の医療者、そして医療側代理人弁護士が、大局的視点に立って、無用の訴訟を避けるべく、対応していただいたことに非常な感銘を受けました。
中でも、今回の代理人の対応は、ご遺族の心情やプライバシーへの配慮など、微に入り細に入り、非常に素晴らしく、弁護士としても見習うべき点がとても多かったように思います。
正直、関東圏で医療事件を扱っていると、誰のために弁護士活動をしているのかと憤りを感じるような医療側代理人にぶつかることは決して珍しくはありませんし、そうした代理人の姿勢が、患者と医療者の相互理解を妨げ、事故がきちんと教訓とされないで事故の再発を招いてしまう要因の一つになっているのではないかと思うこともしばしばです。
そうした意味においても、本件の解決は、同種事故の防止につながる非常に良い解決だったのではないかと感じています。
あらためて関係者の方々に心から感謝したいと思っている次第です。
医療事件日記~弁護士からのセカンドオピニオン依頼と協力医への御礼
ここのところ、立て続けに2件、ほかの弁護士の方から医療事件に関するセカンドオピニオン依頼がありました。
1件は循環器系、1件は消化器系の事件でした。
いずれも訴訟になっている案件で、訴訟手続の中での主張立証に行き詰まりを感じての相談でした。
この内、循環器系の事件は心臓弁膜症の手術後の感染性心内膜炎に関する事故で、医学的な機序や診断治療に関する標準的な知見を理解するのがちょっと大変な事案でしたが、争点整理を手伝ってあげた上で循環器外科の専門医の方をお二人ほど紹介してあげました(ある程度こちらが内容を理解しておかないと協力医の方に失礼になるからです)。
心臓弁膜症の手術後には感染性心内膜炎を発症するリスクが高まるのですが、感染性心内膜炎は治療が遅れると命に関わるため、早期に治療を開始する必要があり、またその際には抗菌薬の投与に加え、外科手術のタイミングも考慮しなくてはならないため、医師としては臨機応変な対応が求められるところ、事件は医師の対応の不十分さが問題となっている症例でした。
専門医への相談の結果、二人目の協力医の方から、かなり有益な助言がいただけたので、これからの主張書面の作成に生かせる見通しとなりました。
ただ、その協力医に意見書の作成までお願いできるか微妙なところもあるので、そのあたりについてはもう少し関与してあげないといけないのかもしれません。
医療事件においては、一言で協力医といっても、意見書作成までお願いできる方とそうではない方がおられます。
私たちとしては、まずは率直な助言がいただきたいので、多くの専門医の方と接点があることの方が大切であり、お立場などいろんな事情もあって、意見書がお願いできないことがあることはやむを得ないとは思っているのですが、はっきりとした助言であればあるほど、ジレンマを感じるところでもあります。
もう1件の消化器系の事件は、裁判といってもかなり遠方の裁判所に係属している案件なのですが、勝負所は画像所見の捉え方ということでしたので、カルテとともに送ってもらった画像所見のデータを協力医の方のところに持参して検討してもらいました。
絞扼性イレウス(腸閉塞)の症例なのですが、絞扼性イレウスも、やはり対処の遅れによって腸管壊死、穿孔、腹膜炎の発症といった生命予後に直結する事態となるので、早期診断、早期治療が必要となります。
特に重要なのはCT等の画像所見で、絞扼性イレウスの早期段階では、静脈の絞扼が先に起きることから、そうした早期段階にあることを示唆する画像所見が確認できるかが結果回避可能性の判断においては重要なポイントとなります。
そこで、協力医の方に、画像を検討してもらったところ、静脈絞扼期にあることを示す画像所見があるとのかなり決定的な助言がいただけたのですが、さらに、こちらの場合は、意見書の作成にも快く応じてもらえることになりました。
最初に相談に伺ってからまだ1か月半くらいしか経っていないのに、なんと、ほどなく意見書が完成しそうな状況になっております。
断っておきますと、いずれの事件でも、患者側の代理人の弁護士の方は、しっかりと事故の中身を検討しておられたのですが、やはり医療事件では、調査、訴訟の過程において、的確な助言が受けられ、できれば意見書作成に協力いただける専門医の方に巡り合えることが、事件の真相解明、適切な解決のためにいかに大切なことかということをあらためて実感しましたし、ご協力いただいている協力医の方々には感謝しかありません。
そして、私たちもそうですが、引き受けた医療事件の真相解明の過程で、壁にぶち当たり、行き詰ってしまうことは、通常事件以上に起こり得ることです。
そうした時には、各地の医療弁護団の所属弁護士など、医療過誤を扱った経験のある弁護士にセカンドオピニオンを仰がれることをお勧めいたします。
医療事件日記~感染症のお話
新年早々ですが、感染症問題について取り上げてみたいと思います。
感染症に関しましては、現在調査中の案件が複数あります。
それぞれの症例の検討のために感染症の専門医にお話を伺ったりしているのですが、感染症への対応のあり方は、現在の医療現場においては非常に重要な課題であることはもちろん、医療を受ける患者側においても、医療者任せにしないで一定程度の知識を持っておくべき問題であると痛感させられます。
まず、一言で感染症といってもその種類、範囲は幅広く、感染症発症に至る機序も予後も様々です。
しかし、中には対応を誤ると命に関わるものがありますから、そうした場合、実際の医療側の対応として、感染症の起因菌が何であるかがきちんと見極められているか、適切な抗菌薬が選択されているか、その抗菌薬に応じた適切な使用方法が採られているか等、感染症の種類、症状に応じて、診断、治療の手順がきちんと取られているか否かによって、患者さんの予後も大きく異なって来ることになります。
たとえば、心臓弁膜症に対し、弁の置換術を施行した後に、感染性心内膜炎となるという機序があります。
取り換えた人工弁は異物であるため、どうしても菌が付着しやすく、そのため弁が感染巣になってしまいますので、術後に発熱があるような場合は注意しなくてはなりませんし、対応が遅れると、死に直結することになります。
腸管穿孔、イレウスなどでも、腸内細菌が漏出、滲出して腹膜炎となることがありますが、そこから敗血症性ショック(エンドトキシンショックともいいます)に陥るとやはり予後不良となります。
また、元々、糖尿病を患っている方は、易感染症患者といわれて、感染症になりやすいため、特に合併症で壊疽を起こしているような場合は、感染症が潜んでいることもあって、やはりその後の発熱などの経過に注意しなくてはなりません。
とにかく、感染症に至る機序は様々ありますし、さらに、今の日本は超高齢化社会となっており、高齢者は免疫力が低下していることも多いので、体内の常在菌が異常繁殖して感染症を引き起こすこともあります。
感染症の診断、治療に関して特に厄介な問題は、抗菌薬が効かない耐性菌が増えているということです。
抗菌薬の使い方は非常にデリケートで、誤った使い方だと、生き残った菌が抗菌薬に対する耐性を持つことがあるのですが、現実には、耐性菌が非常に増えており、抗菌薬と耐性菌の関係はいたちごっこのような状態になっています。
ですので、感染症への対応は、医療側にとっても、常に新しい知見の獲得を怠ってはならない重要な課題といえるわけです。
感染症が疑われる場合には、まず血液培養などにより菌の同定を行い、さらに検出された菌にどの抗菌薬が効くかを確かめる感受性テストが実施されることになります。
感受性テストの結果の一覧で、Rと書かれていれば抵抗性ありでその系統の薬は効かない、Sと書かれていれば感受性ありでその系統の薬は効くということになるわけです。
ところで、感染性心内膜炎のように対処が遅れると予後不良となる感染症の場合には、菌の同定前の段階で、エンピリック(経験的)治療といって症状病歴などから推定して一定の抗菌薬を投与し、その後、感受性の結果を踏まえて、抗菌薬を変更する手順が踏まれます。
また、抗菌薬の投与方法についてですが、抗菌薬の種類によって、一定以上の血中濃度で菌に作用する時間が長いことが高い効果を発揮させるために必要となる「時間依存性抗菌薬」と、薬の濃度が高いことが高い効果を発揮させるために必要となる「濃度依存性抗菌薬」の違いがあるので、その違いを踏まえて、量と頻度に気をつけながら投与しなくてはならないとされています。
もちろん、抗菌薬の種類も増え、多剤耐性菌も増えているという、以前にはなかった深刻な状況に立ち向かわなければならない医療者も本当に大変だとは思うのですが、患者の立場からすれば、感染症の起因菌に対して適切な対処をしてもらえなければ死に直結することも少なからずあるわけです。
実際、私たちのもとには、明らかに感染症対応を怠ったとみられる医療過誤の相談が舞い込みます。そして、中には、対応した医師が明らかに感染症の診断治療に関する基本的な知見を身に着けておらず、臨床経験も積んでいないとしか考えられないような杜撰な対応によって不幸な結果となった症例がいくつもあります。
たとえば、ある総合病院で、菌の同定、感受性テストが行われるのですが、なぜか、最初使われていた(同定された菌に)効く抗菌薬から効かない抗菌薬に変更し、しかも、使い方についても量、頻度とも間違っていて、その後、患者は敗血症性ショックで死亡しています。
その症例の場合は、おそらく経験の乏しい若手の医師が独断で判断したのではないかと思うのですが、目の前の一人一人の患者の命に関わることなのですから、感染症に関する臨床経験が不十分な医師なら、自身の浅薄な知識で対応するのではなく、謙虚に感染症の専門医の助言を仰ぎ、患者のために万全と尽くしてもらわなくてはならないし、病院においてもそうした仕組み(感染症対応)を周知徹底すべきです。
また、患者の立場からしても、命に関わることですので、最終判断は医師を頼らざるを得ないにせよ、普段から感染症についての理解を深めておくことはマイナスにならないし、こう言っては何ですが、感染症対応を分かっていない医者がいる以上、疑問をぶつけられるくらいの知識を持っておくべき、そんな時代になっているのではないかと実感します。
今後、具体的な症例について、ここで取り上げることもあると思いますので、その都度、ぜひ参考にしていただければと思います。