事務所トピックス

事件日記~離婚事件の財産分与に関するお話

葵法律事務所

離婚事件における主要争点の一つが財産分与です。
財産分与とは、夫婦が協力して形成した財産を共有財産とみなして、それを応分の割合(原則は2分の1)で分けるということですが、実際の事件では、夫婦の具体的な事情、経緯が千差万別なので、その範囲、評価から具体的算定方法に至るまでで様々な争点が出てきますし、事案の集積はあるものの、個々の事件における裁判所の判断もまたいろいろあって、中には納得できないと感じるものもあったりとか、とにかく非常に悩みの尽きない領域ではあります。
というわけで、財産分与について、当事務所の弁護士が経験した事例も含め、参考になりそうなものをいくつか取り上げてみます。

まず、分与の割合については原則2分の1とされていますが、この割合の点が争われることもありますし、特にかなり年収が多い配偶者がそのような主張を行うことはわりと見られます。
もちろん、結婚前からの努力で高収入を得ている人からすると、そのような気持ちになることも分からなくはないし、調べてみるとそのような判例もあることはあるのですが、裁判所がその点を重視して分与割合を変えてくることはあまりないようです。
まあ、個別の事情を言い出したら切りがないと思っているのかもしれません。
もっとも、当事務所で扱ったある和解事案では、分与割合が調整されています。
それは、夫の方が元々かなりの高収入を得ていたうえに、さらに手間のかかる副業に携わっていて、そちらでもかなりの高収入を得ていたという事例で、正業のみで十分に暮らせる状況で、副業を頑張って高収入を得ていたのは夫の才覚や努力によるものといえるということで、裁判所が妻の側を説得してくれての和解となりました。
ケースバイケースではありますが、認められるべき事案はそれなりにあるのではないかと思います。

ところで、実務において分与の対象とすべき共有財産について全体を把握することは、言うは易しで実際には結構大変です。
特に、片方の配偶者のみがほとんどの財産を管理している場合は、他方の配偶者は夫婦の財産状況をほとんど把握できておらず、そのような状況で相談に来られるということは決して少なくありません。
そのような相談を受けた場合には、まず自宅内で相手方名義の資産状況を把握する手掛かりになりそうな資料があれば、それを入手するように助言してあげるようにしています。
もし、離婚を考えているけれど、夫婦の財産状況が正確に把握できていないというのであれば、郵便物のチェックも含め、家の中で目に入るような資産に関する資料をある程度確認してから弁護士事務所に行くようにした方がよいでしょう。
これまでに扱った事案でも、そのような助言をしておいてあげて相談者が家の中で見つけた資料を写真に撮っておいて、調停手続に臨んだところ、夫からはそのあたりの資産についてはまったく開示されなかったので、席上で指摘して開示を求めたのですが、そうしたら分与対象財産が2000万円以上も増えたということもありました。
また、実際に調停などの手続が始まった後でも、いろいろと調べてやりとりを重ねて行くことで、表に出ていなかった別の財産があることが明らかになることもありますし、そこから裁判所における文書送付嘱託の手続を利用するという方法もあります。
ごく最近扱った事件でも、まったく自分名義の財産はないと主張していた側の取引履歴を詳細にチェックしてみたところ、別の銀行口座があり、そこに数百万円もの預貯金があることが明らかとなって、依頼者に有利な解決が図れたということがありました。
弁護士のスタンスとしても、依頼者から事情、経緯や日常の金銭管理や支出の状況などを細かく聞き取ったり、入手した通帳などの取引履歴を子細に検討することは、手間はかかりますが、別資産が見つかるにせよ、見つからないにせよ、納得のゆく結論を導くためには必要な作業といえます(ちょっと表現はよくないかもしれませんが、ある程度成功体験があると、どこか、宝探しあるいはパズルを解くような気分になることもあります)。

ところで、財産分与に限らず、離婚関係がらみの案件における裁判所の決めごとや進め方は、ある程度ルーティン化されており、またそこには一定の合理性があるといえるのですが、逆に、マニュアル的なものに従い過ぎて、事案ごとの対応の柔軟性がなく、判断が人間味に欠けると感じることも少なくありません。
最近も、ある事件で経験したのですが、夫がまったく働かず、妻がフルに働いて家計を支えていたという経緯がある中で、夫から財産分与を求められた事例で(昭和の時代なら、ヒモだとか髪結いの亭主とか言われて蔑まれるわけですが、時代はどんどんと変わって行きます・・・)、裁判所が、妻が貯えていた預貯金全体のうちの2分の1を夫に分与すべきと判断したということがありました。
一見すると、ただちに誤った判断とは見えないかもしれませんが、その事件の場合、妻の側が貯えていた預貯金は、2人のお子さんが数年以内に大学に進学する予定なので、そこでかかることが確実な学費の支出に備えるためのものという事情がありました。
実際、私立高校や大学への進学となりますと、一時期に多額の入学金、授業料、受験費用、予備校費用がかかりますし、2人となるとトータルで数百万円では収まらず、優に1000万円は超えることが確実なところでしょう。
当然ながら、そのような多額の支出をいざ金がかかる時期の収入だけで補うことは到底不可能なので、あらかじめそれに備えておくのは親としての責務でもあります。
主張するにあたって調べた判例の中には将来の学費への備え分を分与の対象にしないとしたものもあったので、そのような判例も引用して主張を行ったのですが、裁判所は、相手方に資産全体の2分の1を分与するようにとの形式的な判断を下しました。
この仕事に長く関わっていると、明らかに常識に欠けていたり、洞察力、想像力がなく、人間味に欠けていると感じるような裁判官が少なからずいることは承知していますし、そのような裁判官と対峙することが仕事上のストレスのかなりの割合を占めているわけですが、この事件の時も心底そう感じました。

とまあ、いいことばかりでもありませんが、とにかく離婚関連事件は、検討すべきことが事例ごとで千差万別で山のようにありますので、まずは早めに弁護士の助言を仰いでおくことをお勧めします。
そこで得た助言が時に有用なものとなって、相談者の次の人生、さらにはお子さんの人生をも大きく左右することは決して稀なことではないからです。
また、離婚事件に限りませんが、弁護士への相談や依頼は、得手不得手もありますし、どこまで親身になってもらえるかとか、さらには相性といったこともありますので、複数の弁護士に相談してみることもお考えいただいた方がよいと思います。

2025年09月07日 > トピックス, 事件日記

日々雑感~広陵高校の不祥事を考察する Part2

弁護士 折本 和司

Part1からの続きです。

 

今回の不祥事への対応で、さらに問題とされるべきは高野連などの関係団体の対応です。

本件が1月時点に発覚したにもかかわらず、広島の高野連は広陵高校側の報告を鵜呑みにした形で、厳重注意という、実質的に何の処分にもならない対応をしたわけですが、それこそが今の高校スポーツ界の不健全さの表れであり、その結果、重大な人権侵害やそれを引き起こす部活の病巣のようなものがが見過ごされるのであれば、高野連はいったい誰のためにあるのか、その存在意義が問われても致し方ないと思います。

そもそも、曖昧でなあなあな処分を決めた広島の高野連の副会長が広陵高校の校長であるということ自体、処分の公正さについても、組織が正常に機能しているか否かについても、重大な疑義を生じさせます。

特に本件の場合、被害者の言い分と食い違う内容での報告がなされているわけで、広陵高校の校長はそのことを知らなかったはずはないので、少なくとも被害者の言い分と両論併記で高野連側に報告することはできたはずです(もちろん、件の報告書が本物で、加害生徒から聞き取った内容が書かれていたというのであれば、虚偽報告の責任はより重大です)。

しかし、広陵高校の校長(兼高野連副会長)は、それすらしないで野球部の活動に有利になるような報告を行い、その結果、広島の高野連が春季大会、夏の予選への出場に支障のない処分で済ませたわけですから、高野連の自浄能力に疑問符が付くのは当然のことといえます。

調べてみると、地域の高野連は、地域の有力校の指導者らによって構成されているようであり、となるとこの種の事案については、明日は我が身で自ずと身内庇い的になったり、有力校や強い発言権を持つ理事らに配慮した不公正な結論になることは、今回に限らず、十分に起こり得ることかもしれません。

となると、高野連という組織自体が、その役目を忘れ、形骸化している可能性も否定できませんし、高野連の組織運営のあり方そのものが問い直される必要があります。

たとえば、不祥事の調査や処分の判断の過程については、有力校や強い発言権を持つ理事の影響を排除し、中立な外部の委員を入れて一定の強い調査権限を与え、独立した調査と審査が保障されるような仕組みを作ることや、そこでの調査結果や処分に関する意見が尊重されるようにしておくことは必須でしょう(もちろん、一方で、責任の取り方が旧態依然たる連帯責任になっているのも時代錯誤であり、より柔軟な対応が検討されるべきですが、逆に事実を隠蔽したり、矮小化した場合はより厳しい処分にすることも検討されるべきでしょう)。

仮に、そうした改革すらできないというのであれば、高野連の自浄作用には期待できないことになるので、スポーツ裁判所のような外部組織によって、不祥事に関する申立について調査、判断するというような制度を構築していくべきと思います(医療事故については医療事故調査制度というのがありますが、似たような枠組みにするのがよいかもしれません)。

 

とにかく、今回の事件は、今の高校野球が非常に根深い問題を抱えているのではないかという疑念を社会に知らしめました。

サッカーに押され気味とはいっても、野球はアマチュアからプロに至るまでに様々な利害が絡んでいる巨大ビジネスの領域です。

中でも高校野球は、甲子園に出て活躍することが、選手のみならず、指導者、学校にとってもメリットが大きく、学校によっては至上命題となるため、それだけに、彼らにとって甲子園に出るうえで不都合な不祥事は表沙汰にしたくないという動機が働きやすくなります。

しかし、起きた不正を正さず、不正の温床を見て見ぬふりをして野放しにしてしまえば高校野球に未来はないし、そうなるか否かは、ここできちんとした改革を実施できるかどうかにかかっているといっても過言ではありません。

 

自浄作用ということでいえば、共催に名を連ねる朝日新聞、毎日新聞の責任も重大です。

今回の問題でも両社の報道は及び腰という印象を強く受けました。

組織の不正に切り込んで真実を報じる公器としての責任を負っているマスコミが、自社の利害に絡む局面になると途端に控えめになってしまうというシーンはフジテレビの時にもありましたが、本当に情けなく、強い憤りを覚えます。

主催者側であればこそ、なおのこと襟を正して、踏み込んだ調査と報道を行うべきだし、それすらできないというのなら両新聞社とも高校野球からさっさと手を引くべきです。

甲子園を夢見る青少年が大人の都合や思惑で食い物にされ、不当な扱いを受けることを放置してはならないし、巨大な利権が絡むからこそ、覚悟を持って真相解明と改革がなされるべきです。

 

元野球少年として、高校野球が原点に戻って子供たちの夢見るに相応しい場所になることを心から願ってやみません。

2025年08月30日 > トピックス, 日々雑感

日々雑感~広陵高校の不祥事を考察する Part1

弁護士 折本 和司

私が子供の頃のことですが、当時、広陵高校に宇根という投手がいて、甲子園で大活躍しました(確か、準優勝したと思います)。

それからしばらくすると、今度は佐伯という投手が出てきて彼も甲子園で活躍します。

佐伯投手の名前は私と同じ和司なのですごく親近感を覚えたものです。

後に佐伯投手は広島カープに入団し、1975年には三本柱の一人としてカープの初優勝に貢献していますので、なおさら記憶に残っています。

その後、広陵高校は全国的に有名な強豪校になったわけですが、今その広陵高校で大変な不祥事が起きており、大きな社会問題になっています。

特に、今の時代は良くも悪くもインターネットで情報が瞬く間に拡散しますので、広陵高校や高野連の対応に不可解な点があったこともあり、騒動は収まるばかりか憶測的な情報の拡散もあって、事態の収拾が図れない状況が続いています。

しかし、知れば知るほどこの問題の根は深いように思えますし、複雑に利害が絡み合っており、立場によって捉え方が異なってくるところもある問題ですので、広島出身の元野球少年(の弁護士)としてこの問題を取り上げ、考察してみたいと思います。

 

まず、不祥事が大きな社会問題となった時点で広陵高校はSNSの被害者であるがごとき言い訳をして出場辞退を発表しましたが、それは本質から目を逸らすための弁解にしか聞こえず、危機管理としては非常に拙い対応だと感じました。

辞退直後の保護者会で誰からも質問が出なかったとのことですが、普通であれば今回の問題で子を預ける親が学校側に問いを投げかけないはずはないわけで、にもかかわらず、質問さえ出ないということ自体、かえって問題の闇の深さ、気持ち悪さを感じさせます。

 

今回の発端となった件では、被害者が述べている事実と高校側の高野連に対する報告に大きな食い違いがありますので、いったい何が起きていたのか、まず何よりもその点について真実が明らかにされなくてはなりません。

被害者の主張どおりであれば、寮の中で明らかに許容範囲を超えた犯罪的行為があったことになり、しかも野球部の指導者や学校側が事件を隠蔽もしくは矮小化したことになりますから、ことは極めて重大といえます。

この点については、被害者側からネット上に流出したと思われる学校作成の報告書なるものがあり、この報告書の評価が重要なポイントになるのではないかと思います。

学校側も、被害者側に報告書を渡したことは認めていますので、もしネット上に流出した報告書が本物ということであれば、被害者側の言い分を否定する学校側の主張には重大な疑義が生じます。

ネット上に流出した報告書を読んでみたところ、黒塗り部分はあるものの、中身を見ると事実の記載のされ方に特徴があります。

それは聞き取った事実経過の記述の箇所で、「した」という表現と「された」という表現が使い分けられて記載されているという点で、その違いには大きな意味があるように感じます。

なぜなら、「した」という表現は加害者側から聞き取った事実、「された」という表現は被害者の主張事実と読むのが自然だからです。

具体的に見ると、「した」という記述は、たとえば、「蹴り出した」「次々と手を出した」「ビンタもした」等、執拗な暴力が繰り返されたことを示すものとなっており、全体としては被害者の主張に近い内容になっています。

実際の文章では、「した」と「された」が混在して一体化した部分も多いので、学校側も被害者の言い分が正しいと評価したのではないかとの印象もありますし、暴力に関わった生徒の人数も8人とか9人が関わっていたと書かれており、こちらについても被害者側の言い分に近くなっています。

仮にこの報告書が本物ということであれば、加害生徒の中に、被害者の言い分を認めた人物がおり(しかも複数いそうです)、それを学校側が確認していることになるので、となるとその後の学校側の対応には重大な疑問が生じます。

加害生徒から聞き取ったうえで作成した報告書を被害者側に交付しながら、それと明らかに異なる、事態を矮小化した内容の報告を高野連に提出したということになるからです。

もしそうであれば、加害生徒の違法行為以上に、事実を矮小化し、被害生徒を救済せず、高野連に虚偽報告をするという学校側の姿勢こそが極めて重大な問題としてクローズアップされなくてはなりません。

 

現在、学校側は、表向き、監督を交代させつつ、第三者による調査を実施すると発表していますが、「第三者」による調査とは、弁護士会などの、学校の影響を受けない公正中立な第三者が主導する形での「第三者委員会」でなくては意味がありません(この手の不祥事でいつも問題になりますが、もし広陵高校がいうところの第三者が形ばかりのものであれば、事態の鎮静化どころか、裏目に出ることは避けられないように思います)。

また、第三者委員会による調査、検証の対象は、表に出た個々の事件のみでは不十分です。

今回の経過を見ていると、本件以前からの悪しき伝統のような実態があったのではと指摘されていますので、そうした背景事情も調査対象に含まれなくてはなりませんし(実際、過去の暴力案件の情報も出ていますし、本件を機に注目された広陵高校出身の金本知憲氏の著書でもには、同様のリンチのようなものを受けていた旨の記述がありますから、当然メスを入れる必要があります)、事件発覚後の指導者や学校側の対応の適否も調査の対象とされなくてはなりません。

 

この点、辞退の際の校長の発言やその後の対応をみていると、時間稼ぎをして嵐が過ぎるのを待っているようにも見えますが、問題の先送り、中途半端な対応は広陵高校にとって学校自体の存続すら危ぶまれる事態にすらなりかねません。

なぜなら、高校野球の全国大会は毎年春と夏に開催されるわけで、そのたびごとにこの問題が蒸し返されることは避けられないからです。

もっとも、広陵高校にとってのトータルな利益と現在の上層部、指導者たちの利益は必ずしも一致しない可能性があるので、この先もどう進むかは予断を許しませんが、大局的な見地で事件の背景も含めた真相が徹底的に明らかにされる必要があります(それができずに衰退した野球名門校の例もあります)。

もし、その結果、一部で言われているように、この問題が偶発的な事象でなく、部内、寮内で繰り返されてきた悪しき伝統ということであれば、指導者に対する厳重な処分はもちろん、野球部の休部や廃部も当然視野に入れざるを得ないでしょうが、徹底した真相解明ととことん膿を出し切るという覚悟を持って事態に臨むことが、広陵高校にとって唯一の再生への道であり、まさに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」なのだと思います。

長くなりましたので、Part2に続きます。

2025年08月30日 > トピックス, 日々雑感

医療事件日記~白内障と術後感染性眼内炎

葵法律事務所

高齢化社会となり、周りでも白内障手術をやるとかやったとかいう話を耳にすることが増えてきました。
また、昔と違って、手術自体も比較的簡単にできるようになってハードルが下がっているということもあるのかもしれません。
そんな感じで身近で気軽な手術というイメージがもたれるようになった白内障手術ですが、術後に起きることのある感染性眼内炎は、対処が遅れると失明してしまうこともある決して甘く見てはならない合併症といえます(ちなみに、「合併症」という言葉を不可抗力であり、医療側に責任はないというニュアンスで使われる医師もおられますが、それは間違っています。そのことはまた何処かで述べたいと思います)。
この術後の感染性眼内炎に関する事件を立て続けに相談を受け、受任することになりましたので、この病気のことについてちょっと取り上げてみます。

白内障手術は、白内障となった患者の眼内レンズを取り換えるという手術ですが、術後に感染症となるリスクが付いて回る治療でもあります。
それは主には眼球付近の常在菌が繁殖してしまい、感染性の眼内炎を引き起こすという機序が働くからです。
他にも、医療機器や手術室内の衛生状態、さらには術後の感染対策の不備など、様々な要因によって感染性眼内炎が起きる可能性があります。
実際、当事務所で引き受けた2件のうち、1件は常在菌の繁殖によって引き起こされたものでしたが、もう1件は手術室内の衛生状態が悪く、真菌(つまりはカビ菌ですが)が繁殖して引き起こされたものでした。
いずれにしても、白内障手術の実施の際には、術後の感染性眼内炎発祥のリスクを考慮して、術前から抗菌薬が投与され、術後の抗菌点眼薬等の投与が行われるのが通常です。
しかし、起因菌は様々で、抗菌薬が効かないこともありますし、対処が遅れると失明のリスクもあるので、むしろ術後の感染兆候を見逃さず、速やかに医療対応がなされることの方が重要です。

真菌での感染の事件は、失明には至らなかったものの、手術室内が不衛生で真菌が繁殖していた事案であり、同時期に手術を受けたほかの患者も同様に感染していたそうで、経緯からして過失は明らかだし、論外といっても過言ではありません。
術前に投与される抗菌薬は、一般的な常在菌をターゲットにしており、真菌には効きませんので、当然感染性眼内炎の発症のリスクは高くなりますし、感染後の対応も難しくなります。
現に、真菌で感染した患者については、複数回の手術が実施され、そのため、失明こそなかったものの、乱視や羞明がひどくなるという障害が残りました。
患者にとっては、手術室が汚染していること等わかるはずもなく、非常に不運なケースともいえます。

もう1件の術後感染性眼内炎のケースは、残念ながら失明という最悪の結果になりました。
こちらの方は起因菌からして常在菌によるものと見られますが、発見が遅れたのは白内障手術後に別の病院に入院していたためでした(本来であればすぐに対処してもらえるはずでよかったとなるところ、結果は皮肉にも逆でした)。
術後の感染性眼内炎の発症の確率が最も高いのは、術後3日から10日くらいの間といわれていますが、この患者の場合は、手術から2日後に別の病院に、別の病気で検査入院となっていますので、時期的にぴったり当てはまります。
もちろん、患者側は入院時に白内障手術直後であることは病院側に伝えています。
しかし、その日から6日経ってがんの検査の結果を聞きに家族が行ったところ、「癌は見つからなかったが、目が腫れているので、眼科に行くように」とだけ指示されます。
家族が驚いて本人を最初に手術をやった眼科に行ったところ、医師も驚き、すぐ大学病院へと紹介され、緊急手術となりますが、すでに手遅れで患者は失明となりました。
あとで保全したカルテによると、目の腫れや痛みなどの症状は入院から2日後には確認されていたのですが、医師も看護師もその重大性に気づかず、そこからさらに3日、病院に留め置かれ、何の治療もされなかったため、失明に至ってしまったわけです。
ちょうどコロナの時期で、家族が面会に行けなかったという不運もあるのですが、家族が状況確認の連絡を入れても、看護師からは「大丈夫」といわれていたそうで、医師、看護師とも、術後の感染性眼内炎のことを知識としても知らなかった可能性すらあります。

感染症の事案はいろいろとありますが、白内障手術が気軽に受けられるようになり、医療側が入院を続けて経過を見るという対応をしなくなった今の医療状況ですので、眼痛や腫れなどの感染徴候が現れたら、すぐに眼科に行くことが必須といえるでしょう。

2025年05月09日 > トピックス

医療事件日記~良い協力医、鑑定医に出会うためにPart1

葵法律事務所

このホームページでも何度か取り上げたことがありますが、医療訴訟で最も大変な活動の一つが、私的鑑定意見書の作成を専門医にお願いし、作成、そして裁判所への提出に漕ぎつけるまでの手間暇です。
元々、医療事件では、基本的な資料は医療側に偏っている中、原告は医療については素人の一般人であるのに対し、被告は医療の専門家だというハンディがありますが、実際に事件を扱って行く中でいうと、節目節目で事件の領域の専門医の協力を得て、適切な助言をいただき、できれば鑑定意見書の作成まで協力していただくまでが本当に苦労の連続なのです。
医師の協力という点でも、医療側には、事件当事者の医師、その所属病院、さらには保険会社のルートで協力してくれる医師を確保できますが、患者側には基本的にそのようなルートはありませんから、その点のハンディはさらに大きく、そもそも当該事故の領域でピンポイントで協力いただける医師に辿けないということも決して稀なことではありません。
しかし、現実の裁判では、裁判所は、このようなハンディがあることを知ってから知らずか、それとは関係なく、原告側に医学的な立証活動を求めてきます。
もちろん、そうした準備は提訴前の段階で行ってできる限りおくべきではありのですが、実際の裁判においては、どんなに周到に準備をしたつもりでも、医療側から思いがけないような医学的主張が飛び出してくることは普通に起きることなので、やはりその主張に対応して医学的反論を行わなくてはなりませんし、そのために専門医の協力をお願いしなくてはなりません。
といった次第で、訴訟が始まって以降に専門医から新たな助言を受け、さらには鑑定意見書の作成を依頼するということはごく普通に起きることなのです。
そこで、ここのところの医療裁判で、裁判中に私的鑑定意見書の作成を依頼し、提出に漕ぎつけた体験(苦労話)をいくつかご紹介させていただきます。
なお、今回の記事は提訴前ではなく、提訴後にフォーカスしたものになっています。
提訴前だと、無限ではないものの一定程度時間がありますが、提訴後は次回期日や提出期限が定められてしまうので、限られた期間で鑑定意見書作成にまで持って行く苦労は、提訴前とは大きく異なるからです。
ともあれ、いろいろありますが、最後は「当たって砕けろ!」(砕けてはいけないのですが)の精神が肝心という結論になります。
実際、ある程度医療事件を経験し、相談できる協力医の方との信頼関係を構築している弁護士であっても、一つ一つの事件の様々な局面で医師からの適切な助言を得るための苦労は尽きず、それゆえ、あれこれと知恵を絞り、良い協力医の方に出会うための努力(失敗も含めて)を積み重ねてまいりましたので、そのようなことでお悩みの弁護士がおられましたら、多少なり参考にしていただければ幸いです。

専門医に私的鑑定意見書を作成していただくといっても、そのプロセスはいろいろあるのですが、事故の医学的な争点の専門領域の医師との関係があるかないかによってその苦労の度合いも大きく異なります。
中でも脳や循環器の領域の事故は難しく、最初は非常に苦労しました。
最近では大体の領域について相談できる医師との関係が直接、あるいは間接的にでも構築できつつあるので、相談自体はできるのですが、結構悩ましいのは、医師の専門領域も実際には分化していたりして、畑違いで協力いただけないこともあります。
実際、ある時、カテーテルの事故で循環器内科の専門医の方に相談してみたところ、「自分は不整脈の専門なので、カテーテルのことはわからない」と断られました。
裁判の中で、鑑定意見書の作成をお願いしなくてはならない場合、まずは提訴前から協力いただいている医師にそのまま追加の鑑定意見書の作成をお願いするというのが最も多いパターンとなります。
それはやはり事案をよく理解していただいているので、被告側のごまかし的な反論に対して的確な医学的反論をしていただけることが可能だからです。
同じ鑑定医であれば、私たちの労力的な負担も少なく済むので助かります。
しかし、医療側が全然別の争点を持ち出してきて、それが明らかに別の領域であるような場合は、当然別の医師にお願いしなくてはなりません。
そのような場合に、まず試みるのは、信頼関係のある協力医の方に新たな領域の医師をご紹介いただくというやり方ですが、鑑定意見書となるとハードルは高く、紹介いただいても鑑定意見書の作成にこぎつけるのは容易ではありません。
いくら信頼できる親しい友人の医師からの紹介があっても、医学的助言と実名で鑑定意見書を作成するということの間には彼岸の差があるからです。
そうやって断られた時に成果なく帰途につくのはとてもつらいのですが、致し方ないことでもあります。

協力医からのルートで見つからない場合にどうするかですが、その場合は、名古屋にある「医療事故情報センター」ルートでの紹介という手順を踏むという方法を試みることがあります。
医療事故情報センターで登録しておられる医師であれば、検討の結果、積極意見がいただけそうであれば、基本的には鑑定意見書の作成に応じていただけますし、ある程度経験を積んでおられる医師であれば、非常に良い鑑定意見書を作成していただけることが期待できます。
ただ、専門領域によっては登録している医師が少なく、時間をかけても良い医師に出会えないこともあるという難点もありますし、手順として候補の医師が決まった後に面談をしてもらわなければならず、時間も一定程度かかり、費用もかなり高額です。
また、センター経由でも領域によっては登録している医師自体が少ないという問題もあります。
そういったことから、裁判手続が進行中の状況でセンターに申し込んで、面談、意見書作成という手間をかけるのは現実的には難しいことが多いというのが実状でもあります。
協力医からの紹介やセンター経由でのアプローチも難しい時にどうするかですが、いよいよ「当たって砕けろ!」になります。

長くなるので、続きはPart2で書きたいと思います。

2024年11月29日 > トピックス, 医療事件日記
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