事務所トピックス

事件日記~労災事故の再審査請求手続

葵法律事務所

コロナ問題で大変な状況ですが、法律事務所のホームページですので、事件のことを取り上げなければと思います。
今回は、現在進行中の「労災の再審査請求」に関するご報告となります。

事件は、繁華街のとあるクラブ(女性が男性を接客する店の方です)で起きました。
男性客が女性店員に暴力を振るい、そのために女性店員は膝の十字靭帯損傷というかなり重い後遺症が残る傷害を負います。
当初は、経緯からして当然に労災が認められるであろうと判断し、加害者との示談交渉事件として受任しました。
ところが、予期に反して労災が認められなかったため、方針を変更し、労災の審査請求の手続を先行させることにしたのです。

労災については、管轄の労働基準監督署で申請し、それが認められなければ審査請求をすることができます。
この事件で争点となったのは、事故が起きた経緯と事故の内容でした。
労災が認められるためには、業務遂行性、業務起因性という要件を満たす必要があります。
つまり、業務遂行中に、業務に起因して発生した事故であることが要件となるわけです。
この事故が業務遂行中の事故であることは明らかですから、問題は、業務に起因するか否かということになります。
この点に関する労働基準監督署の認定は、「自招事故」であり、業務起因性がないというものでした。
そう認定した根拠は、加害者男性の言い分とその男性を接客していた女性店員の証言でした。
いわく、女性店員がスカーフを男性客の首に巻き付けて来たので、客がそれを振り払ったところ、足を捻ったのだというのです。
しかし、膝の十字靭帯損傷は足を捻った程度で生じるような怪我ではありません。
また、事件を目撃していた同僚が何人もおり、接客していた女性店員が男性客の振る舞いに困り、助けを求めたところを見ていたとのことだったので、その方々の証言を提出すれば、当然に労災と認定されるはずと判断し、その証拠を整えて審査請求を行いました。
ところが、労働基準監督署の判断は変わりませんでした。

正直驚いたのですが、そうなった以上、次の手続に移行せざるを得ません。
審査請求が却下されたことに対しては、労働審査会という上部機関に対する再審査請求という手続と行政訴訟という手続があります。
結論的には、再審査請求を選択したのですが、ここは正直悩ましいところです。
事案としては、当然に労災と認定されるべき事件だと確信していましたが、裁判の方が、その結論を得やすいものの、時間がかかりますし、費用の問題もありますので、ケースバイケースで判断することになります。
依頼者は歩行にも難儀している状況であり、生活も大変なため、まずは早期に結論が出るであろう再審査請求をということになりました。

再審査請求の手続では、事前に労基署に対する質問事項を送付しておくと、審査当日に、その回答を厚労省の職員が手続の中で、「朗読」するという段取りが取られます。
この事件の場合、「振り払っただけという被害者側の主張する行為で膝の十字靭帯損傷が起きるか否かについて医師に見解を求めたか」であるとか、「複数いた目撃証人に対する聞き取りを行わなかった理由」「加害者と同じ供述をしている女子店員の関係を検討したか」など、重要と思われる争点を示しつつ、それに関する労基署の調査の不十分さを浮き彫りにすべく質問を行いましたが、いずれについても、正面からの回答はありませんでした(正直、意味不明な回答もあったので、その点を質したかったのですが、なにせ、「朗読」をした担当者は、あくまで厚労省の人間なので、疑問点を尋ねても新しい答えは出てきません。まるで、決められたセリフしか言わないドラクエの村の門番みたいでした)。
ただ、審査会の手続では、審査委員との間で実質的に重要と思われる争点についてのやりとりを重ねることができました。
審査の時間も予定よりオーバーしましたし、追加の資料の指示もあったので、そうした準備を行った上で、意見書の提出を行ったのですが、それなりの手応えはあったように感じました。

現在は、再審査請求の結論が出るのをただ待つだけの段階ですが、コロナウイルスの影響もあり、少し時間がかかってしまうかもしれません。
もし、訴訟となれば、被告は国ということになり、相当なエネルギーを注がなくてはなりませんので、依頼者の負担を考えると、なんとかここで労災が認められればと思っています。

事件のことについては、いろいろと思うところもありますが、それについてはまたいずれ取り上げてみたいと思います。

2020年05月07日 > トピックス, 事件日記

医療事件日記~葵法律事務所では医療事件は複数受任が基本です

葵法律事務所

ここのところ、コロナウイルスのことばかりを記事に載せていましたので、久しぶりに医療事件のことを取り上げてみようと思います。
今回の記事は、当事務所における医療事件の受任の仕方に関するお話です。
タイトルにもあるとおり、当事務所の場合、医療事件については、複数の弁護士で受任することが基本となっています。
その理由についてご説明いたします。

前にもちょっと書いたことがありますが、弁護士の仕事は専門職でもあり、事件を扱う上で一定の知識やスキルが不可欠であり、それを身につけるために一定の実務経験を積むことが必要とされる職業であるといえます。
最近は、いきなり独立する弁護士や(最近の言葉では「即独」といいます)、給料をもらわないでスペースだけ使わせてもらう弁護士(最近の言葉では「ノキ弁」といいます)も多くなりましたが、勤務弁護士(いわゆる「イソ弁」です)で、給料をもらいながら経験を積むという昔ながらのやり方は、医療の世界における研修医と同じで、職業的なスキルを身に着けるためには合理的なものといえるわけです。
一般的な民事事件、刑事事件、家事事件に限らず、弁護士が扱う領域は幅広いですが、どのような領域においても実務的な経験値は必須です。
中には、そうした経験値をさほど積んでいなくてもきちんと事件処理ができる人もいるかもしれませんが、それにしても、事件処理のために様々な経験を積むことの有用性に変わりはありませんし、特に、医療などの専門性の高い領域では、一通りの実務処理経験を積んでおくことが非常に大切なのです。
最近でいえば、ほとんどの総合病院で普及している電子カルテに関するノウハウが、証拠保全、事案の検討、裁判の各場面で必要となりますが、このノウハウは、いくら頭で考えてもネットや文献を漁っても絶対に身につかないものです。
しかし、依頼者にとっては、弁護士に依頼をするという事態はそうそうあることではないので、弁護士が経験を積むための実験台になるわけには行きません。
そこで、特に医療事件の場合には、必ず、一定の経験を有する弁護士とセットで受任するようにしているわけです。
私たちも、医療事件をいっぱしに扱えるようになるまで、先輩、ベテランの弁護士と一緒に事件に取り組むことで、場面場面ごとのコツや事件処理のノウハウを身につけてきました。
そうすることで、ベテランの弁護士がこれまでに得て来た一定の経験、スキルを次代に引き継いで行くことができるわけです。

複数受任のメリットはほかにもあります。
医療事件は、作業量としても非常に多くなることがありますし、一人で取り組んでいると医学的な検討で行き詰ることも少なくありません。
作業を分担するという意味でも、行き詰りそうな局面を乗り切るためという意味でも、複数受任は極めて有効な手立てとなります。
実際、複数で引き受けていて非常にありがたいと感じるのは、専門医との面談の際です。
片方が質問をしている間、もう片方の弁護士がメモを取ったり、自分の方で次の質問を考えることができるので、二人がかりで医師と議論することで、より有用な意見をもらえる可能性が高くなるからです。

そういうわけで、当事務所では、医療事件を扱うにあたっては、事務所内の弁護士同士で組むか、事務所外の若手弁護士、一定の経験を持つ弁護士と組むかのいずれかのやり方で複数弁護士による受任が基本となっています。
ちなみに、当事務所の場合、複数受任となる場合でも、遠方に出掛ける場合の日当、交通費といった実費部分を除き、基本的な費用は変わりません。
ご参考にしていただければと思います。

2020年04月24日 > トピックス, 医療事件日記

日々雑感~国民を愚弄する安倍政権のコロナ対応に怒りの声を!PART2

弁護士 折本 和司

前回の続きです(怒りのあまりの「である調」もそのまま続行です)。

 

今や、日本各地で感染爆発が起きているということを政府は認めないかもしれないが、すでにそうなっているという前提であらゆる対策を講じないといけない状況だ。

ただ、この問題の難しいところは、コロナウイルス感染の蔓延を防ごうとすると、国民生活や経済が致命的なダメージを受けてしまうことになるので、それをどうやってバランスを取るかということだ。

実際、ここまでの経過では、政府や自治体も、実体経済が麻痺しないようにという配慮ばかりを優先してしまっており(東京オリンピックの実施にも関連企業への経済的なダメージが大きい)、そのため、感染防止策が中途半端になってしまった結果、その間に感染が広がってしまい、収拾がつかなくなったことは明らかだ。

中途半端な政策でもって当面の実体経済の麻痺を防ごうとした結果、より重大で長期化しそうな実体経済の麻痺という事態を招いたといっても過言ではないだろう。

となると、もはやドラスティックな発想の転換をするしかないと思うのだ。

それは何かというと、ここまで来てしまった以上、今年は11ヶ月しかないのだと割り切り、これから1か月間、経済も交通も、必要最低限のものを除き、すべてストップさせるという方策だ。

なぜ1か月かというと、コロナウイルスの感染が2週間程度だという知見に基づけば、感染者が2週間、外部との関係を遮断したとすると、その間に家族が感染しても、家庭内の感染も含めて合計4週間で完治することが見込めるからだ。

いわば、「鎖国」ではなく、「鎖県」、「鎖市」、「鎖町」、そしてその究極ともいうべき「鎖家」といってもいいだろう。

もっとも、この政策を実施するにあたっては、その見返りとして、すべての労働者、事業者に対し、1ヶ月分の収入、売り上げを補償することがセットとして必須だ(もちろん、細かく見て行けば、たとえば、テナントを借りている事業者が補償を受ければ、賃貸収入を得ている賃貸人はそこから払われるので、補償の対象外となる人は出て来ることにはなるが)。

安倍政権は、緊急事態宣言をしながら(ちなみに、私は緊急事態宣言には反対の意見だが、それは、今回の「口先」の緊急事態宣言のことではないし、今の危機を乗り切るための政策は、そんな宣言とは関係なく、国会で議論して立案、実行可能なはずだ)、営業の自粛を要請するのみで、休業補償には消極的だが、そんな中途半端でせこい対応をしているから、営業自粛をすることで死活問題となる歓楽街の飲食店や性風俗店とすれば店を開かざるを得ないし、いつまで経っても感染の広がりを抑えられないという悪循環が止まらないことは目に見えている。

そんな状況が続けば、体力的に持ちこたえられなくなった事業者が次々と倒産、廃業に追い込まれ、失業者も爆発的に増大する結果となり、生活保護受給者も激増して、金がない以上、消費はさらに落ち込むから、家や車なども売れなくなって内需が破綻した結果、大型倒産が相次ぎ、税収が激減してしまうという国家にとっても最悪な事態(そうなると、さらに通貨危機さえあり得なくはない事態だ)が待っているだけだということになぜこの国の為政者たちは気づかないのだろうか?

とにかく、日々の国民生活のために必須な食料、日用品などの入手のプロセスであるとか、医療、福祉に関することを除き、すべての事業を1か月ほど(暦から抹消して)停止し、その分を国がすぐに補償すべきなのだ(もし、1か月後に収まっていなければ、延長しなくてはならないが、危機を乗り切るためにその時点で柔軟に考えればいいことだ)。

 

さらに、国がなすべき政策は、「消費税廃止」と「新たな雇用創出」だ。

1ヶ月の「鎖国」~「鎖家」で、感染爆発を食い止めたとしても、コロナウイルス感染の完全な終息は不可能だ(コロナウイルスの最も厄介なところは、グローバルに、しかも時間差で発生、拡大が繰り返され、延々と続くことで、グローバルな人やモノの移動がある限り、特効薬ができて行き渡るまでは、完全に感染を断ち切ることはできないからだ)。

それゆえ、その後の国民生活を支えるための政策は必須だ。

その点、消費税ゼロ政策は、国民の生活不安を持続的に和らげることにつながるし、それが消費行動を呼び起こし、事業者の破綻をも防ぐことになるはずだからだ(特に、消費税には逆進性があるから、消費税廃止は収入が低い人に有効な政策だ)。

あと、フランスでは、農業従事者を募集したら20万人応募があったという記事があったが、それを見習って、「雇用創出」を図るためのドラスティックな政策を考えるべきだ。

その点でもう一つ指摘するが、これから、国際的な人やモノの移動が難しくなる可能性があるので、この機会にこそ、食料や日用品の自給率を上げるための「構造変革」的な政策を打ち出すべきだ。

特に、食品自給率が異常に低い日本にとって、農業や漁業に力点を置いた構造改革こそ、雇用創出と自給自足経済の実現につながるという意味で、100年先のこの国の未来を守るための「真の構造改革」だといっても過言ではないだろう。

 

とにもかくにも、今の政府にはこのような視点が全くないのが本当に腹立たしいが、コロナウイルスがもたらした唯一の光明は、「(コロナウイルスという」疾風によって(安倍政権が)勁草でないことを知る」ことが出来たということだ。

こんな政権は今すぐにでも総辞職して、与野党の有志が集まり、「コロナ危機脱出内閣」を作ってもらいたいと強く思う今日この頃なのだ。

2020年04月12日 > トピックス

日々雑感~国民を愚弄する安倍政権のコロナ対応に怒りの声を!PART1

弁護士 折本 和司

「疾風に勁草を知る」という中国の古い格言がありますが、今の安倍政権に対しては、「疾風に勁草でないことを知る」という表現に置き換えたいと思います。

「疾風に勁草を知る」とは、困難な時にこそ、人の真の価値がわかるというような意味ですが、今回のコロナウイルスによる感染の拡大という危機に対する政府などの対応を見ていると、彼らが、如何に私たち一般国民のことを軽んじているか、そして、この危機を乗り切って行くための為政者としての知恵、意欲を持ち合わせていないかがはっきりと見えているように思います。

 

ところで、世界中で笑いものにされた「アベノマスク」の配布という愚策に続いて、安倍政権が打ち出したさらなる愚策が「一世帯あたり30万円の支給」でした(今回は、怒りのあまり、以下の文章は「ですます調」でなく、「である調」に変えることにしましたので、悪しからずご了承ください)。

家族構成だって人それぞれで違うのに、「一世帯あたり30万円の支給」という条件自体の不公平さもさることながら、よくよく見ると、「非課税限度額の範囲内」か「主たる世帯主の収入が半減して、非課税限度額の50%以下になってしまっていること」が支給条件になっているではないか。

こんな条件では、多くの国民にとってぬか喜びとなることは見え見えで、張り子の虎、見掛け倒しもいいところだ。

ざっと調べてみると、後者の条件の場合、たとえば2人世帯の場合、世帯年収600万円強以上の収入を得ている世帯の収入が300万円以下に落ち込めば該当しそうだが、それだけ見ても、かなり限られた条件ということになる(しかも、それは主たる世帯主の収入のみを対象にするので、配偶者がパートをやめさせられても、その合算が半減する前の基準にならないというルールなので、実質的にはさらに少ないことになるというのだから、さらに腹立たしい限りだ)。

そもそも、多くの国民は、それまで得ている収入を見込んで、たとえば家のローンであるとか、車のローンであるとかを抱えているし、ましてや受験を控えた子を抱えている家庭を抱える勤労者は、歯を食いしばって収入減を避けようとするに違いないから、ベースの収入が多少多かったとしても、経済的に追い詰められてしまうことに変わりはないのだから、どう見てもこんな条件は不合理だとしか言いようがない。

結局のところ、この政策もまた、「クルーズ船の隔離」「検査体制拡充宣言」「学校の休校要請」さらには「アベノマスク」に引き続く、実効性が乏しく、実質的には法の下の平等に反するともいえる「対策やってますよ詐欺」ではないのかという気すらしてくる。

「アベノマスク」も200億円どころか466億円つぎ込むらしいが、マスクなんて、キッチンペーパーとパンストの紐とテープ、針金で誰でも簡単に作れるとある病院の方から聞いたばかりだから、それを聞いてまた腹が立ったのだ。

さらに、安倍政権は、コロナウイルス対策に108兆円をつぎ込むと大見えを切ったが、これも実体は全然違っており、去年の台風への対策費などすでに予定した支出などが組み込まれていて、これまた「対策やってますよ詐欺」にしか見えないのだ。

 

前にも書いたとおり、まず何よりもやるべきは、「感染拡大を何としても防止すること」と「コロナウイルスの影響で仕事や収入源を失った国民生活、国民経済を下支えする実効性のある政策」であり、一刻の猶予もない状況だ。

このままでは、多くの国民が、失業、倒産、廃業といった状況となって、コロナウイルスのせいで死ぬより先に、収入源を絶たれて、経済的な死に追い込まれることは必至だからだ。

バブル崩壊の後に起きた悲惨な事態を思い出すが、それよりも遥かに不幸な事態が起きる可能性が日に日に高くなっている。

それを防ぐためには、これまでと同じ弥縫策の繰り返しでは絶対にダメなのだ。

 

しかし、この期に及んで、安倍政権のやり方を支持し、事態を楽観視する人も少なからずいる状況なので、そのことについても一言指摘しておく。

確かに、感染者数は検査数との兼ね合いで信用できないものの、死者数のみを比較すれば、まだ日本は、ヨーロッパ諸国に比べれば感染爆発の程度は低いという見方もあるだろう。

この点については、地続きのヨーロッパや広大なアメリカ(個々の州が国のようなものだ)と違い、島国であるという地政学的な幸運に恵まれている面がある等(BCGの予防接種のおかげではないかという意見もあるそうだが)、別に今の政権の手柄でもなんでもない。

 

それよりも問題とされるべきは、2月に入り、国内での感染の広がりの兆候が見られるようになって以降、感染源になりそうなところには一切手を着けず、東京オリンピック実施に拘ったせいか、検査実施にも消極的であったため、ここに来て、感染爆発という事態を招いた大失態であり、さらに、この期に及んでも、口では「かつてない規模の対策」といいながら、感染拡大を抑え込むことにも、国民生活の破綻を防ぐことにもつながらない、あまりにせこい政策を、しかも張り子の虎のように大きく見せて目先の状況をしのごうとしているこの政権の無能さなのだ。

そもそも、今になって、歓楽街がどうだとか言っているが、2月頃に政府、厚労省あたりが問題としていたのは、屋形船、スポーツジム、クラブといった、実際に感染が起きたものばかりで、歓楽街での遊興を問題とするような呼びかけなどまったくなかったことは記憶に新しい(実際、2月から3月にかけての記事を検索してみれば一目瞭然だ)。

歓楽街、特に性風俗系の店こそ、濃厚接触そのもので成り立っている商売であり、すでに首都圏、京阪神などの大都市部で感染者が現れている以上、2月の時点で規制なり注意喚起なりをすべきなのに、そのような対応はまったくなく、安倍政権は、「学校の休校要請」という、実施されれば、給食業者や母子家庭で働く人にばかりしわ寄せが行く的外れな愚策を打ち出していたのだから、空いた口が塞がらないとはこのことだ。

あの時、安倍首相は、ここ1~2週間が大切といっていたが、歓楽街は普通に商売をし、私の地元の横浜関内あたりでも、夜の賑わいは相変わらずだった(まあ、自分の嫁さんの夜遊びすらコントロールできないのだから、それまでといえば身も蓋もないのだが)。

長くなったので、PART2に続きます。

2020年04月12日 > トピックス, 日々雑感

日々雑感~コロナウイルス問題から考える「あるべき医療とは」

葵法律事務所

安倍首相が、「かつてない規模の対策を行う」と宣言し、その一方で、「布マスクを各世帯に2枚ずつ配布する」との政策を決めたというニュースを目にした時、確かにこれまで見たことも聞いたこともない??な政策でしたし、配布にかかるであろう膨大な費用のことも考えると、「かつてない規模」のせこい援助に、「かつてない規模」の無駄な経費を使う、ブラックジョークのような話だと唖然とした次第です。
また、この政策が発表されたのが、4月1日だったため、エイプリルフールの冗談ではと海外でも失笑を買ってしまっているようですが、こんな馬鹿げた政策が、何処かでストップがかかることなく、国のトップからいきなり発表されたということ自体、本当に衝撃的なことで、今回のコロナウイルスの感染の拡大は、端無くも、今の日本が抱えている、決して看過してはならない問題を明るみに出してしまっているという見方もできそうです。
というわけで、これから、何度かに分けて、そうした問題について順に取り上げ、問題提起をしていきたいと思います。

そこでまず取り上げたいのは医療の問題です。
医療事件を扱っていてしばしば考えさせられるのは、医療現場の疲弊が事故の背景にあるのではないかということです、
これまでにも取り上げたことがありますが、超高齢化社会となり、今後もさらなる少子高齢化が避けられないとされるこの国では、かなり前から、膨れ上がる医療費を如何にして削減するかが行政側の政策の中で一つの大きなテーマとなっていました。
それは、記憶が間違ってなければ、1980年代に、当時の厚生省の役人によって書かれた「医療費亡国論」という論文のようなものからスタートしています(もちろん、それ以前から内部では議論されていたのかもしれませんが)。
いかにして医療費を削減するか、その具体的な政策の柱の一つが、保険点数の見直しです。
日常生活の中で、医療機関にかかる側としてはあまり意識しないことですが、保険点数が引き下げられ、また医療に関連する政策が打ち出されて行く中で、医療機関にとっても経営上のダメージが大きく、それが年々積み重なって経営がひっ迫して行くわけです(実際、今の日本の医療機関の内、4割以上が赤字経営になっているという統計もあります)。
いうまでもないことですが、医療機関の経営がひっ迫してしまえば、患者である私たちが受ける医療の質に間違いなく影響が出ます。
たとえば、総合病院では、急性期の医療には一定の保険点数が認められますが、急性期を過ぎれば、保険点数が大きく引き下げられており、収支的には見合わなくなっています。
そのため、多くの人が経験していると思いますが、外科手術を受けると、早期の退院を強く求められるようになります。
実際、外科手術の後の術後管理が杜撰なために生じる医療事故は少なくないのですが、術後間もない時期から退院を迫る医療の現状が事故を誘発しているという面は間違いなくあると感じます。
また、総合病院が経営上の観点から手術などの急性期の医療に注力するということは、当然のことながら、それに携わる医師、看護師の負担を過大なものとします。
そうした医師、看護師の加重負担が事故を誘発する面も少なからずありますし、医療機関としては、経営が厳しくなれば、人件費を削らざるを得なくなりますからなおさらです。
以前扱った医療事故でも、心臓外科医が不足しており、患者の容態の管理に手が回らなかったために起きた死亡の症例があり、解決にあたって病院側が医師の不足が背景にあったことを認め、それを改善するという約束をしたこともあります。
ここで何度か取り上げた研修医による医療事故が多くなっているという話も、病院側が、人件費を圧縮するために、給与が低く、使い勝手のいい研修医を臨床現場で多用しているという面があり、それが事故の発生につながっているのではないかというのが率直なところです(実際、ある医師から聞いたところでは、神奈川県内のとある有名な総合病院の救急外来は研修医だらけだそうです)。

とまあ、長々と書きましたが、医療費削減に血道を上げる厚労省の発想が正しいのか、どこにお金を使い、どのような社会を作るべきか、医療は私たちの暮らす社会の最も大切なインフラ(セイフティーネット)の一つなのだから、そのことを真剣に考えるべき時期に来ているのではないでしょうか。
弁護士が医療事件を扱う意義として、「医療事件を減らすためには、発想の転換が必要であり、患者のための医療を実現するためには、医療現場が疲弊しないような工夫が必要なのだ」とずっと思ってきました。
ですので、今回のコロナウイルスの問題は本当に大変な事態ですが、医療のあり方に焦点が当たることは、せめてもの救いであり、非常に意味のあることだと感じています。
確かに、世界に例のない速さで少子高齢化が進む日本において、医療費がさらに膨れ上がることについて一定の歯止めが必要だということはそのとおりだと思います。
しかし、国民の命を守るための最も重要な社会的インフラである医療を、金食い虫のように扱って軽んじ、如何にしてその費用を削減するかという発想で政策を推し進め、医療現場を疲弊させた結果、現在のコロナウイルスによる感染に対して、医療機関がマンパワー的にも施設のキャパシティとしても十分に対処できない状況に至ってしまった面があることは否定できないと思うのです。
実際、オバマ大統領時代に、国民皆保険の導入ができなかったアメリカでは、検査も治療も受けられない国民が多くいることも影響してか、今のところ、コロナウイルスによる感染が収まる気配は見えません。
詰まるところ、コロナウイルスの問題は、社会で暮らす人にとって万遍なく医療が提供されることが如何に価値のあることかを私たちに改めて実感させてくれています。
また、今こうしている瞬間も、世界中で、数えきれないほどの医療者が、患者の命を救うために、自ら感染、そして命の危険のリスクと向き合いながら、懸命に医療に取り組んでおられるわけで、そのことに対しては、本当に感謝と尊敬の念しかありません。

そんな状況であるからこそ、私たちも、この機会にもう一度、医療を受けられることのありがたさを実感し、臨床現場で医療者が疲弊しないような社会にするために何をすべきか、大切なインフラである医療を守るために政策として何が優先されるべきかといったことを、決して人任せにせず、自らの問題として真剣に考えなくてはいけないのだと強く思います。

2020年04月04日 > トピックス, 日々雑感
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